第47話:信頼
なんで音が出ないんだよ!
心の中で叫ぶ。
慌てて俺のギターに繋がっている
ただシールドを持った時に気がついたことがあった。
軽すぎる。
シールドが軽すぎる。
慌てて振り返ると最悪な光景が広がっていた。
繋がっているはずの物。
俺とライブを繋げている物が切れている。
俺のギターとスピーカーを縛っていたシールド。
それが自由に解き放たれていた。
少し前の出来事がフラッシュバックする。
『あぁごめんなさい。少し踏んじゃいましたぁ』
あの双子の片割れにシールドを踏まれた時。あの時に切られたしか考えられなかった。
……あぁ本当に、本当に最悪だ。
そんな状態でもライブは、歌乃の
――――――――――
side:
シールドが切れてるのか?
ステージ横からは自由になり不自然な動きをするシールドが確認できた。
ふざけんなよ。
ちゃんと用意、点検ぐらいしとけよ。
口にはしないが心で叫ぶ。
またオレの心はこんなしょうもないトラブルで不完全燃焼してしまうのかよ……
……隣でクスクスと笑う声が聞こえる。
「やりましたやりました!」
「これで終わりですよぉ」
灰色の髪の二人、オレのバンドメンバー。
こいつら……
もしかして……
――――――――――
上がっていく心臓のリズム。じわっと溢れる冷や汗。
フロアの観客もこの異常事態には気付き始めているだろう。
そう考えるだけで思考がカオスになっていく。
俺のギター、Ovationはスピーカーに繋がないと本領を発揮することが出来ない。他のギターならスピーカーを通さない生音でもある程度の音量を確保できるが、これはギター構造上、生音が弱い。
このままじゃライブにならない……
焦る思考。
続いていくアカペラだけのライブ。
取り残されていく俺。
そんな中。
この状況を醒ますような手を叩く音が隣から聞こえた。
咄嗟にその方向を視る。
俺が視たのは自身のアカペラに合わせリズムを手拍子で刻む歌乃の姿。手に持っていたマイクをスタンドに設置しフロアの観客にも手拍子を求める姿だった。
そして、顔の角度から片目しか見えないが確かに俺のことを視るブラウンの瞳がそこにあった。
『ボクは走り続けるから。君なら来てくれるよね』
今回はいつものような脅迫ではなく、確かな信頼と熱量。
俺がこのトラブルを乗り越え隣に立つことを彼女は確信している。
そうだよな。
俺だけが落ちていくわけにはいかない。
彼女の熱にあてられ気付かせられる。
此処は俺達のステージ。
このまま彼女を一人になんて絶対にさせない。
させてたまるか。
冷えた指先の感覚を戻すようにギュッと握る。そしてコーラス用のマイクスタンドの位置を確認した。
音響も確認してないから下手すると何も聞き取れない地獄になるかもしれない。
無理大きな音を出したらギターが傷んでしまうかもしれない。
…悩んでる時間なんてない。この間も曲は続いてる。
やるしかないんだ。
俺のギターに繋がっている意味がなくなったシールドを勢いよく引き抜き地面に投げ捨てる。床に跳ねたシールドが力なく転がった。
この様子を見ていた観客の視線が俺に向けられるのが伝わってくる。皆、理解できてないのだろう。
速い手際でスタンドの高さを下げマイクの位置、向きを調整。スタンドを手前に少し近づけた。
ギターのサウンドホールとマイクが接近する。
マイクで生音を大きくする。やったことないけどできないことは無いはず。
ただ、どう音が響くのかが分からない。どう抑揚が表現されるかも分からない。
此処に今までの経験を詰めてぶつける。
もう一度ギュッと手を握る。
指先の感覚、先の先まで神経を集中させる。
これから痛んでしまうかもしれない自身のギターを軽く撫で弦の張りを確認する。
そしてベースの音。
一番低い音を一音。
♪~
弾く。
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