第45話:勝ってる


 陽が落ち、恐らく外ではクリスマスに備えて装飾されたイルミネーションが街を彩らせ始めたであろう時間帯。


 ライブの開始時間が訪れる。


 さっき観客席を除いてきたが俺達と同世代の子が半分くらいを占めているような状況だった。中には部活帰りかと思われるジャージ姿も見つけることが出来た。

 まぁ、うちの高校の軽音部が主催なのだから予想はできてはいた。その対策として俺は帽子、歌乃はいつも通り深く被れるフード付きのパーカーを準備している。更に、リハーサルの時にステージを照らす照明の調整をし顔が見えにくいようにもしてもらった。

 準備は万端である。


「ねぇ響くん!ボクたちの番って何分後ぐらい?」


 ソファで横に座る歌乃が俺の肩をつつきながら訪ねてくる。

 リハーサルからある程度経ってるので流石に少し暇そうだった。


「プログラム通りにいったら……一時間後だな」


「けっこー時間あるね。んー……ちょっと観客席で聞いてかない?」


「そうだな、そうしようか」


「やった!」


 歌乃には言わなかったが今の軽音部の実力を見ておくいいチャンスでもあると思った。なぜなら……少しでも多く票が欲しいから。

 

 二人で控室を出て観客席に向かう。

 既にライブは始まっておりギターなどのメロディー音が会場を彩り、ドラムやベースの低音が腹に響く。

 そんな音に囲まれ辿り着いた観客席のフロアは熱気で溢れかえっていた。


「う……ぁ、…いね!」


「え?なんて言った?」


「凄いねって言ってるの!!」


 ステージから届く熱い音、観客から発せられる音。

 音に溢れたこの場では横に居る歌乃との会話も難しい状況だった。

 そんなライブを見て思ったこと。

 流石は軽音部、ライブ慣れが凄い。

 ボーカルだけでなく楽器隊のステージでの魅せ方、観客を煽って歓声を呼ぶマイクパフォーマンス等、俺達が普段接している路上パフォーマンスとは全く異なっていた。

 ただ一つ言えることがあった。

 パフォーマンス自体は俺達が勝っていると。

 そりゃ普段から多くの音楽に触れている俺達が劣るわけにはいかない。

 おかげで少し、ほんの少しだけ気が楽になったような感じがした。


「ねぇ響くん、ぽけーってしてるけど大丈夫?」


「ゴメンゴメン大丈夫」


 顔に出ていたようで少し恥ずかしい。

 ただ、歌乃に誘われて観客席まで見に来てよかったかなと思う。


――――――――――


 観客席から控室に戻ってしばらくすると「コンコン」とノックが響いた。

 俺が「どうぞ」と声をかけるとスタッフの律貴が顔を覗かせた。


「二人ともお待たせ、出番やで。ステージ横で待機してな」


 そう言葉を一方的に残して、彼はどこかで行ってしまった。

 観客席のフロアでドリンクを売ってるのをさっき見たし相当忙しいのだろう。


「それじゃ響くん!いこっか!!」


「はいはいっと」


 ギターOvationとピックだけ確認して控室を出る。

 シールドコードはステージにある物の方がアンプスピーカーとの接触も良さそうだし借りる予定だ。

 

 ステージ横に着くまではあっという間だった。

 普段なら演奏前の心地よい緊張感であっという間に時が飛んでいく待機時間なのだが今回は違う。


「よう響、よく来たな。ここでオレの音楽が正しいってみせてやる」


「……神原かんばら


 彼の後ろには灰色の髪の二人を始め四人の楽器隊の姿があった。このライブのトリを飾る神原かんばら あきら主導のバンドメンバーたちの姿だ。

 眼と眼が合い、ただ時間のみが流れる。

 そんな中、横から肩を「トントン」と叩かれて耳元で囁かれる。


「……ねぇ響くん。あれ誰?」


「んー、俺の因縁の相手ってやつ。今回のライブで音楽で勝負って感じかな」


「なるほど……ボクに任せて!絶対盛り上げるから」


「はいはい、了解」


 そこに関しては疑ってなど一ミリもない。

 だって俺のバディだから。


「おい!響。でかかって来いよ?」


 俺達のやり取りを遮るかのように神原が少し声を張った。

 本気か。

 それはいつもの事。


「もちろん」


 返す言葉は一つ。


『ありがとうございました!!』


 前のグループが終わったようで挨拶と共に撤収が始まっていた。

 その間に俺達の準備を始めないといけない。


「いこっ!マイバディ響くん!」


「分かってるよマイバディ歌乃


――――――――――


 俺達のセッティングは短い。

 だってギターとマイクだけだから。

 ただトリの事を考えるとこの時点で俺達が使わない楽器に関しての準備も同時並行で始まっていた。


 その中で俺がステージにあるシールドコードを借りて調整を行っている時。

 引っ張っていたシールドコードの動きが急に止まった。


「あぁごめんなさい。少し踏んじゃいましたぁ」


 そこに居たのは灰色の髪の二人の内の片割れ。

 彼の事は無視をする。

 集中力を高めたいから。

 しかもシールドコードが人に踏まれたり、ものに踏まれることは良くある話だから気にすることもない。

 俺は俺のための準備を進める。



 ただ、彼が去り際に少し笑っているような気がしたのは気のせいだろうか。

 



 

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