第43話:ライブの日


 ギターを背負った空色髪の少女が俺の前に立っている。

 少女は俺に言う。


「さようなら。頼りないボクでゴメンね?」


 そう言葉を残し、俺を背にして扉を開けて出ていく。

 頼りないなんてあるはずがない。

 ダメなのは俺の方なんだ。

 届く距離なのに手を伸ばそうとも届かない。

 身体を動かそうとも動かない。

 この不思議な現象に脳がであると理解する。


歌乃かの!!」


 夢と分かっていても声を出してしまう。

 俺がちゃんとしてないから……


 世界がぼやけ始め意識が浮上していく。


――――――――――


「はぁはぁ……なんて夢だよ」


 最悪の目覚めである。

 冬らしい寒さに布団が重くなるがゆっくりと上体を起こす。

 夢の影響か頭が重たい……

 なのに最悪のスタートだ。


「ふぅ」


 ため息をひとつ。

 そして軽い伸びと共に机にあるケースにガラス玉のアクセサリーが付いたスマートフォンを片手に取ってベッドを後にした。


 朝食を終え地下スタジオで軽く指の運動をする。


♪~


 買えたばかりの弦もよく馴染んでる。ボディもオレンジオイルで磨いて綺麗にした。

 ギターのコンディションはこれ以上ないほど最高だ。

 きっといいライブが出来るはずだろう。


「……」


 俺の調子が良ければの話だが。

 今更ながら思う。

 やっぱり歌乃に一言いうべきだったのだろうかと。

 ……でもこれは俺の責任だから。

 それでもライブではでいればいいはず。

 だって。

 これまでに失敗してもいいライブなんて無かったのだから。


――――――――――

 

「久々のライブハウス!ボク、テンション上がってきたよ!」


「まぁ前とは別の所だけどな。とにかくフード気を付けろよ?」


「はーい!」


 俺達は今日の会場であるライブハウス前でいつも通りのやり取りを交わす。

 今回のライブの主催は俺達の高校の軽音部。

 もちろん中に居るのは同じ高校の生徒たち。

 変にバレると面倒な事になるのは見えているから、いつも以上に表情が分からない服装をチョイスしている。

 

 まだ準備中の札が掛かるライブハウスにノックと共に入る。

 それと同時に聞きなれた声が聞こえ、見覚えのあるグレーの短髪が特徴の青年が俺達の元のやってくる。


「やっぱ、そうやったか。まぁいらっしゃい?」


「あっ!律貴りつきくん!」

「律貴!?なんでここに?」


「このライブハウスのオーナー、おれのバァちゃんなんよ。んで、響から相談受けた時にって思ったもんでバイト入れたんよ。ちょうど金なかったし」


「まじかよ……」


「すごい!偶然だね!」


 いやいや、こんな偶然あるのかよ……

 俺は更にテンションが上がった歌乃が律貴に絡んでいるのを少し後ろで眺める。


 しばらくして、スタッフ用の服装に身を包んだ律貴に出迎えられた俺と歌乃は待機室に通された。

 律貴が配慮してくれたのか軽音部が纏まって入れられている待機室とは別の場所だった。

 俺達以外の出演者は軽音部。つまり待機室には俺と歌乃の二人きりである。

 部屋自体は少し狭いが二人で使う分には上等だ。荷物を置き二人で部屋のソファに座る。普段、地下スタジオでも似たような感じなので特に抵抗などない。


「ねぇ響くん?律貴くんが言ってた相談ってなんだったの?」


「あぁ、ライブでのメンタルについて聞いてたんだ」


「え!?響くんでも緊張するの?」


「ま、まぁな」


 歌乃は少し驚いた表情を見せる。確かに今まで気にしたことの無いことだったから意外だったのだろう。


「そんな歌乃だって、歌う時って緊張しないの?」


「んー、する時もあるけど……」


「あるけど?」


「君が居る時は大丈夫かな。だって1番ボクらしくできるし!」


「……」


 この空色髪の少女は自分で言って照れないのだろうか。いつもの俺だったら直ぐに顔が熱くなってたかもしれない。


「ち、ちょっと!黙んないでよ!!聞いたの君でしょ!」


 やっぱ照れるんだ。


「悪い悪い。ありがとう」


「どういたしまして?……そういえば響くん、ことちゃんとにいなちゃん、見に来てくれるらしいよ!」


「え!?」


「ボクが誘ったの!」


 歌乃は自信満々に腕を組み胸を張る。

 確かにそれどころではなかったから誘い忘れてたけど少しビックリした。まぁ律貴のことがあったから今更感ではある。

 

「なるほど了解」


 俺はソファの背もたれに身体を預けて天井を見る。

 知り合いがいるなら尚更頑張らないとな。


――――――――――


 しばらくして尿意に襲われ歌乃を残してトイレに向かった。

 溜まり切ったものを全て出し、ほんの少しの解放感と共にトイレを出ると灰色の髪の二人組が立っていた。

 同じライブに出るのだから居てもおかしくはないが、どうやら最悪にも目的は俺の様だった。


「来てくれたんですねぇ」


「……まぁ言ったからな」


「そんな警戒しないでください」

「何もしませんよしませんよ」


 相変わらず腹が立つ話し方だ。


「ちょっと変更したいことがありましてぇ」

 



  

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