第40話:覚悟と選択


「響くん大丈夫?顔色悪いよ?」


「大丈夫だから……」


 俺の後に歌乃が付く。寒いの袖の中の手を引っ込め腕の動きに合わせて袖がゆらゆらと揺れていた。

 少し遅くなった帰り道。

 冬の陽は短く辺りの外灯がポツリポツリと光り始めていた。


「そういえばボク合格したよ!君たちのおかげだね♪」


「そうか」


 彼女は俺の前に回り込みいつもと同じ笑顔を見せて通せんぼする。

 だが、俺はこの笑顔を見るたびに胸が締め付けられそうになっていた。

 画像拡散阻止の代償がだと?

 本当にふざけてる。


「……」


 俺は返す言葉を続けることなく、彼女をただ無言で見つめる。


「き、急に見つめないでよ。何か恥ずかしいじゃん……」


 少し頬を赤くする彼女。

 手を引っ込めた制服の袖で俺をペチペチと殴っていた。

 普段は何も痛くないはずの攻撃が致命傷になる。


「わりぃ」


 歌乃は何も悪くない。

 俺が勝手に巻き込んでしまった。

 本人に言えるわけがない……

 もし、あの画像が広まったらどちらにしろ俺達は今の関係ではいられない。

 一度広まった噂は止められないし、まともな学校生活なんて送れないだろう。

 俺は良くても歌乃はダメだ。

 どうしたらいいんだろう。

 再び歩き出しいつの間にか横に付いていた歌乃が俺の顔を覗き込む。


「んー、やっぱ何かあったんでしょ?ボクに言えないことなの?」


「何もないよ」


 何もなくていいんだよ。

 これは俺の責任。

 俺が背負うしかないんだから。


「……それならいいけどさ。ボク、君の相談ならいつでも聞くよ?学校だって家だって休みの日だっていつでも。あー、お風呂の時は無理かも……」


「だから大丈夫だって!」


「そう?ボクはいつでも君の味方だからね?」


 横からコツンっと。

 肩を拳で軽く突かれる。

 きっとこの少女は俺なんかよりもずっと強いんだろう。

 だけど今回だけは……


「ありがとう。本当に大丈夫だから」


――――――――――


 屋上に通じる階段。その先の扉の前に灰色の髪の二人が立っている。

 放課後を知らせるチャイムと共に教室を飛び出してきた俺より早いのは少し驚きだった。


「先輩、返事を聞きに来ましたよぉ?」

「さぁさぁ聞かせてください聞かせてください」


「急かすなよ。ちゃんと答える」


 息を一つ吐く。

 一晩中考えたんだ覚悟を決めろ。

 己に言い聞かせる。

 今はこれしかない。

 後のことは後で考える。


「お前たちの要求は全て飲む。ただ……」


「「ただ?」」


「歌乃には手を出すな。あいつは関係ない。これは俺とお前たちとの問題だろ」


 ここだけは譲れない。

 これは俺が全て抱えるべき問題だから。

 俺の因縁に巻き込むわけにはいかない。


「それは大丈夫です」

「心配ないない」


 俺の前に居る二人はニタニタと不快な笑みを零している。

 本当に気に食わない……


「それでは先輩。二週間後、12月第二週日曜にこの住所のライブハウスに来てください」

「待ってます待ってます」


 俺にライブハウスの住所が書かれた紙を渡し、二人は階段を下りて行った。

 この場に一人残された俺は紙を片手に歯を食いしばることしかできなかった。


プルルルル


 電話が鳴っている。

 スマホを取り出し画面に映った名前。

 飛咲ひさき 歌乃かの


「……」


 きっとこれでよかったんだ。

 よかったんだよな?俺……


――――――――――


 軽音部の部室へ向かっていく灰色頭の二人。

 満足げな表情を浮かべながら歩みを進めていく。


「これで神原かんばら先輩の役に立てるかな立てるかな?」


「間違いなく立ててるよぉ」


 神原かんばら あきらという男に酷く酔いしれる二人が勝手に起こしたこの出来事が全てを掻き乱していく。

 恋は盲目とは違うが今の彼らには何も見えていなかった。

 一人の男を一番にするために。



 

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