第39話:宣戦布告


「よう、空奏くうそう ひびき


神原かんばら あきら……」


 今の俺は凄く酷い顔をしていると思う。

 それほどにこの男、神原 彰の存在は俺の心に刻まれてしまっていた。

 高校に入って彼と組まず別の人とバンドしていたら今頃どうだったのだろうか。

 まぁ間違いなくミライズ広場のイベントで伴奏者なんてやらずにその仲間と音楽を突き詰めていっただろうと思う。

 逆を言えば歌乃と組んでいなかったかもしれない。


 ……とにかく彼と会って無ければ俺は自分の音楽を見失いそうになって苦しむことなんて無かったのは事実だ。 

 

「俺に用なんて無いだろ」


「まぁそんな怒るなよ。オレはまだ何も言ってないぜ?」


 彼は自身の眼にかかりそうなほどの伸びた茶髪を軽く払う。

 そして黒い眼で俺を捉えた。


「お前、最近新しく組んでるんだろ?」


「……」


 もちろん音楽の事だ。

 だけど何故知っているんだ?

 一体何がしたいんだ?

 これはただの推測で俺がボロを出すのを待っているのか?

 頭の中をフル回転させる。


「別に黙らなくても騙そうと何かしてねぇよ。オレは見たんだよライブハウスでお前らのライブを」


「……そう」

 

 ライブハウスでのライブって言われたら心当たりは一つしかない。

 歌乃の独断により出演が決まりサポートメンバーを集めて出たあのライブ。

 よりによってあの場に居合わせていたのか……

 でも。


「だからって俺の音楽にあきらは関係は無いだろ?」


「まぁまぁオレの話を聞けって」


 俺の言葉を軽く流す。

 彼はまるで俺の表情を見て楽しんでいるように感じるほどの余裕があった。

 そして彼は制服のポケットから綺麗に折り畳まれた一枚のチラシを取り出し、開けて俺に差し出す。


「お前の組んでるやつと一緒にこれに出ろ」


 チラシは軽音部主催のライブイベント。

 参加グループも軽音部内にあるバンドのみである。

 完全アウェーな舞台に俺を上げて何がしたいんだ?


「なんで俺が出なきゃいけねぇんだよ」


「オレからの宣戦布告だ」


「宣戦布告?」


 何を言っているんだ?

 俺が何かしたか?


「あぁ、オレは一度否定したお前の音楽を認めない。このライブで見せつけてやる」


「意味分かんねぇよ……って、おい!勝手に去ってくなよ!まだ何も返事してないぞ!!」


 三人は俺に背を向けてこの場を後にする。

 俺の返事を聞くこともなく。

 何で俺がそのライブに参加しなきゃいけないんだよ。


――――――――――

 

 屋上で練習していた吹奏楽部もいつの間にか消えており、俺一人になっていた。

 傾いた太陽の光も鋭くなり眩しく感じた所で補講の時間が終わろうとしているのに気づく。


「ったく……何だったんだよ」


 俺はさっきの出来事に頭を悩ませながらもマイバディのお迎えに行くため、屋上を後にしようとする。

 屋上から降りる階段のドアを開けると見覚えのある二人の姿があった。

 彰の後についていた二人の一年生。

 

「ちょっと先輩。待ってくださいよぉ」


「なんだよお前ら。お前らこそ俺に用なんてないだろ」


 誰かも分からない灰色の髪の二人。

 顔も似ているし双子か何かだろう。

 彼らに絡まれる筋合いなんて無いはずだ。


「いやいや先輩。ありますよありますよ」

「もちろん重要な用事ってものがあるんですよねぇ」

 

 そういって二人はスマホに映し出されたある画像を俺に見せる。

 その画像に息を飲む。

 汗が至る所からにじみ出るような感覚に陥る。

 胸が詰まり心臓の音も激しくなっていく。

 

 そこに映っていたのは歌乃かの

 まるで俺が招き入れているようである。

 

「この画像いいですよねぇ」

「いいねいいね!」


「お前ら……これを俺に見せてどうする気だ」


「どうもしませんよ?先輩が僕たちの要求を聞いてくれたらねぇ?」


 手汗がひどい。

 この画像を何も知らない人がみて勘違いするのは目に見えている。


「要求ってなんだよ」


「聞いてくれるんですか聞いてくれるんですか?」


「黙れ。早く言え」


 本当にこいつら腹が立つ。


「そんな怒らないでくださいよぉ。僕たちの要求は二つ。ライブに参加してもらう事」


「もう一つは?」


 俺の前にいる二人が笑みを零す。


「ライブが終わったらことですねぇ」


「ふざけるな!」


 思わず声を張り上げてしまう。

 解散?

 たまったもんじゃない。

 やっと見つけた相棒、俺の全力に応えてくれる人と別れろと?


「いいんですかいいんですか?」

「聞いてくれないなら例の画像をSNSや学校の至る所にバラ撒きますよぉ。学校って噂すぐ広がるしも膨れていきますよぉ?どうなるんでしょうかねぇ?」


「……」


 学校で決して目立つことのない俺と太陽のような歌乃が一緒の家に入っていく画像。

 間違いなく抑えも効かない地獄になるだろう。

 きっと事実無根の噂のなってしまうのがみえる。

 そうなってしまうと俺だけじゃなく歌乃も酷い目にあってしまう。

 学校に行けなくなってしまうかもしれない。

 それだけはダメだ。

 俺だけが苦しめば……


「……わかった。明日の放課後、此処で返事を返す」


「分かりました分かりました!」

「良い返事待ってますよぉ先輩?」

 

 

 



 

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