第37話:やっちゃった
期末テスト。
どの学校にも存在する学生の勝負所。
もちろん成績次第、赤点である30点以下では補講が行われる。補講での試験に合格するまで放課後は無いも同然。
そのため皆は補講だけは避けようと必死に勉強する。
俺もそうだ。
音楽をするための時間を考えれば補講なんて受けている場合ではない。
きっと皆そう思ってるはず。
だが……
「ゴメン、やっちゃった…」
「「……」」
全てのテストが返却された金曜日の放課後、とあるファミレス。
空色髪の少女が俺と委員会が休みだった琴の前で頭を下げている。律貴たちは残念ながら土日行われる部活の遠征中で居なかった。
下げた頭と共に机の上に置かれた29点と書かれた地理のテスト。
赤点。
アウトである。
週明けから補講である。
下げていた頭を上げた歌乃がパチンッと勢いよく音を立てて合掌した。
「だからさ、お願い!ボクを助けて!」
助けるとは地理を教えてくれという事だろう。
正直、ファミレスに誘ってきたタイミングである程度察してはいた。明らかに合わそうとしていない視線に忙しなく絡み続ける指先、隠し事が出来ない人のそれだったから。
「どうするの?響?」
琴が俺に問う。
その表情は怒るわけでも呆れているわけでもなく、ただ俺の意見を求めている様子だった。
「どうするも何も…俺達が教えるしかなくないか?」
「えっ!?私も?」
歌乃と一番付き合いのある俺達が教えるしかない状況ではある。それにこのまま補講を受け続けられるのもバディ的にもキツイ。
それに万年平均成績の俺はともかく琴は…
「テスト成績学年トップ常連の琴が教える方がいいでしょ」
成績トップの琴を巻き込まない理由なんて無かった。
「それは……そうかも知れないけど…二人も要るかな?」
すんなり成績トップなことを認めるのは彼女らしい。
まぁ確かに琴の言う通り一人に対して二人で教えるのは多い気もする。
腕を組み、二人顔を合わせて首を傾げる。
「要る!要る要る!!絶対要るよ!ボク頑張るから!響先生、琴先生お願いします!」
その様子を遮るかのように歌乃が音を立てて再び合掌し懇願する。
空色髪の少女は絶望の中に見つけた光を見るかのようにブラウンの瞳をキラキラと輝かせ俺達を見つめる。
その姿に小動物感を覚え、断る気も失せてしまっていた。
「はぁ。明日、俺の家の地下スタジオ集合な。ミライズ広場のイベントの欠席連絡入れとくから」
「やったぁ!ありがとう響先生!!」
「えっと…もしかして私も?」
「「もちろん」」
「わかったから二人揃って私を見つめないでよ…」
こうして律貴とにいなさんが部活動の遠征で居ない中、俺達三人による歌乃の補講対策の勉強会が開催されることが決まったのであった。
――――――――――
「この国の輸出で特徴的なのはタコなの。わかった?」
「わかった!でもなんで海外じゃタコは食べられずに日本に送られるの?」
「だから……」
琴が手元のテキストと地下スタジオのホワイトボードを駆使しながらタコについて熱弁している。
決してふざけているわけではなく。本当に特徴的な輸出品であるから仕方ないのだ。
俺はその様子を傍にさっき淹れた人数分のコーヒーを机に並べていく。もちろん歌乃の物は大量の砂糖入りである。
今日勉強会して分かったことがある。
口は悪くなってしまうかもしれないが、歌乃は決してバカではない。
「……」
「歌乃、私の解説中いきなり響の方見てどうしたの?」
「んー、なんかバカって言われたような気がして」
「…言ってねぇよ」
いや女の感ってやつが怖ぇよ。
まぁバカではないのだが、物事を覚えるにあたってその背景まで全て気になってしまう、その背景が分からないと覚えられないのである。
つまり、物事の背景が多大な情報量である地理とは相性が悪い。
俺も始めは教えられていたが、背景まで分からないことが多かったので教え切ることが出来ず、半分投げ出す形で琴に託してしまった。
そして手持ち無沙汰になった俺は琴の解説を片耳で聞きながらサポートに徹していたのだった。
とはいえサポートもやりつくすと暇になってしまう。
ホワイトボードを巧みに扱う琴の解説が聞きやすい場所。つまり歌乃の近くに座って俺も勉強させてもらう。
すると。
「ねぇねぇ、君もせっかく聞くならボクの横に来たら良いじゃん!」
「ちょ、おい!」
無理やり引っ張られる形で俺は歌乃の右側、触れてしまいそうな近さの位置に移動させられてしまった。
更に。
「響も聞くからには私の質問に答えてもらうからね」
「琴さん勘弁してください…」
琴からも生徒扱いされるようになってしまった。
こんなはずじゃなかったのに……
「近くで見て気づいたけど君の指綺麗だね。ボクより綺麗かも!」
「それは無いだろ……ッ!?」
歌乃はそう言いながら俺の左手の指を触りだす。
確かにギターを扱うものとして指のケアは人一倍行ってはいるが、その指をまるで貴重品を扱い、汚れを確認するかのように摩る。
そのもどかしい感じがとてもくすぐったい。
「……私も見る」
「琴まで!?」
何時になく真剣な眼が怖いです琴さん……
そして無言で俺の右に座って空いている右手の指を触らないで……
もう良く分からなくなってきた。
両脇から密着する形で女子二人に指を触られるこの状況。
他の人に見られたらタダじゃすまないことは間違いない。
俺はどうしたらいいんだ……
誰にも届かない心の叫びが俺の中で沈んでいった。
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