第34話:プロの力


「あの子凄いな!」

「凄い上手!」

「何者!?」


 ステージ前に居る人たちからの声が聞こえる。

 弾き始めて一体どのくらい経ったのだろうか。

 ただ真剣にギターと己に向き合い音を奏で続ける。

 だが人間、限界は訪れるもの。

 弦を弾く俺の指も段々と感覚が鈍くなる。


「ハァ、ハァ……」


 呼吸のリズムも崩れ、額から汗が流れていくのを感じる。

 この状況。

 俺が一番分かっている。

 限界であると。

 だが、止める訳にはいかない。

 ステージに立つを果たさなければならない。

 主役の登場まで降りるわけにはいかない。

 やり切るしかないんだ……

 その時。


トンッ


 軽く背中を突かれる。

 その刺激に反応して振り返るとギターを持った長い銀髪が特徴の美しい女性が立っていた。

 俺は……彼女を知っている。


「お待たせ、よく頑張ってくれたね。後は任せなさい」


 冬杜ふゆもりさんは俺の肩に手をかけ、立ち位置を入れ替えた。


「きゃぁぁぁぁ!!」

「冬杜様ぁぁ!!!」

「待ってました!」


 スターの登場。本命の登場。主役の登場に会場の温度が一気に上昇したのを肌で感じる。

 これが本物……

 俺が掴みかけていた流れを一瞬で搔っ攫っていった。

 

「さぁ行こうか!!!」


 ステージに置かれていたマイクに一言。

 彼女が会場のボルテージをMAXにするのには一言で充分だった。

 明らかに変わる人々の顔。

 全ての視線が遅れて現れた主役に集まる。

 もう俺のことなど誰も視界に入っていない。

 そして、堂々とステージに立つ彼女は遂にギターを奏で始めた。

 一音がはっきりと感じられる繊細さ、音色に余韻が残る力強さを併せ持つギターから奏でられる音楽は聞く者の耳を支配する。


「これがプロ。日本一の力……」

 

 思わず口から漏れ出す。

 自身の役目を終えて、ステージ脇に移動していた俺はその姿に見惚れてしまっていた。

 押さえる弦を移動させる時の感覚。

 弦を弾く力加減。

 ストロークのリズムの取り方。

 気になるところ、どうなってるのか分からないことは山ほどある。どれも本人に聞いてみたいことだ。

 その中でも唯一分かったことがある。



 それは俺がまだまだ未熟であること。

 

――――――――――

――――――――――


「響くんお疲れ様!観客席で観てたよ流石マイバディ!」


「ありがとう」


 冬杜さんの演奏が終わるのを見届けてステージ裏に戻ると歌乃に出迎えられる。

 彼女の跳ねるような声色に対して俺は単調にしか返すことが出来なかった。

 俺の返答を受け、何か察したのか空色の髪の少女はその表情を一瞬曇らせる。しかし、直ぐにいつもの笑顔に戻った。

 

「君、ありがとうね。私が着くまで時間を稼いでくれて」


 ステージに集まった人達への挨拶を終え戻ってきた冬杜さんに声を掛けられる。

 下る汗と揺れる銀髪がオーラのように感じた。


「ギター聞いてたよ。上手かったね、君の名前は?」


空奏くうそう 響……」


 名前を聞き驚きの表情をする。

 きっと気付いたんだろう。

 俺があの人の息子だと言う事。


「なるほど、なるほど。弾歩はずむの息子かぁ。だから……」


 父の名前を出しながら俺を視て腕を組んで考え込む。

 そして。


「それならアドバイス。真似じゃダメ。せっかく上手いけど、君はそこまでになるよ」


「……」


 何も言い返せなかった。

 確かに俺は今回のステージ、理想を求めただけに過ぎなかったから。

 立ち尽くす俺を他所に冬杜さんは次の仕事があるのか既に次の支度を始めていた。そして、俺と歌乃はスタッフに誘導されるがままに外に連れられてしまった。

 時間も良いくらいに集合時間が迫ってきていた。


「あっ、ゴメン。ボク忘れ物しちゃった。…ちょっと先行ってて!」


「おい!待てよ!!…ってもう居ないし」


 マイペースというか、通常運転の歌乃の様子で俺も気を取り直す。


「まぁ。これからか…」


 歌乃に言われた通り、集合場所に目掛け歩みを進め始める。


――――――――――

side:飛咲 歌乃


 聞かなくちゃ。

 きっとボクと私のオリジンだから……

 スタッフさんに忘れ物をしたって言ってステージ裏に戻ってきた。

 そして目的の銀髪の女性の元へ辿り着いた。


「あの!冬杜さん!!」

 

「君は…空奏くんの隣に居た子?」


「はい。ボクの名前は……」 

 

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