第32話:いっておいで!
「リーダー!見つけてきました!」
「つ、都合よく見つかるもんだな…」
俺の前に居るリーダーと呼ばれたサングラスのおじさんが驚いた表情で呟く。
俺は今、突然声をかけて来た女性スタッフによってステージ裏に連れてこられていた。あと一緒に付いてきた歌乃と。
「響くん…これってどういう状況?」
「俺に解るかよ…」
本当に理解が追い付かない。
なんで俺はイベント開始直前のステージ裏にいるんだ?
「ふぅ」
落ち着くために軽く息を吐いて周りを見渡す。
「ん?」
……待てよ?いなくないか?
今回のイベントの主役が。
開演前のこの時間。楽器を持って此処で準備をしてなければならない人が居ない。
思わず言葉として出てしまう。
「
俺の言葉に俺達の前で話していたサングラスの男と俺を此処に連れて来た女性スタッフがその場で固まる。
女性スタッフは下を向き落ち着かない手先を編み、サングラスの男は少し呆れたかのように一つ息を吐いて俺達をサングラス越しに視る。
「あの
「え!?」
「嘘!?」
サングラスの男から発された言葉に俺達は驚きの声をあげた。
イベント開始まで時間はない。一体どうするつもりなのだろうか…
そう考えているとサングラスの男が黒い箱を俺達の前に置いた。
「…だから申し訳ないが君にはコレで時間を作ってもらいたい」
言葉と同時に黒い箱が開けられる。
箱の中からは一本のギター、それもボディに入った枯葉のような模様に合わせてホールが空けられた独特なデザインをしている。
だが、この独特なデザインのギターを俺は良く知っている。
この場に居る誰よりも俺はこのギターを知っている。
「ねぇ、響くん。これって…」
「…
「?」
首を傾げる歌乃。
許して欲しい。だって。
この場で「地下スタジオにある死んだ父が使ってたのと全く同じタイプ」なんて言えるはずがない。
それにしても。
「何で俺がギターを弾けるってわかったんだ?」
俺の横で歌乃も激しく頷く。
「伝言があってな。元々ギター一本の公演。繋ぎもギターのみであるのが好ましい。それを踏まえ『利き手に長く綺麗な爪を持ってる人なら大丈夫』だと」
皆の視線が俺の右手の爪に集まる。
この爪はギタリストの証。
理由は理解できないこともないが考えがぶっ飛んでる。
普通、自分のステージを知らない人に任せられるものか?
まぁ奇跡的に全く知らない人ではないのが何とも言えない。
「……」
視線が集まる中、俺は静かに眼を瞑る。
ここまで来てしまったならやるしかないのかも知れない。
だけど、本当に俺にできるのだろうか。
事前準備なし。
初めての場所。
多く集まっている観客。
予告されていた
やるのであれば裏切れない。
「ねぇ」
肩が叩かれる。
瞼を上げ、声のした方向を視た。
そこには歌乃があのガラス玉を俺に掲げ、こちらも視ていた。
「大丈夫、例えステージに立てるのが君だけでも、君は一人なんかじゃないよ。だから…」
「ちょ!?」
唐突に歌乃が俺のポケットへ手を入れる。
驚く俺を他所に俺のポケットから目的の物を取り出した歌乃が掌の上に掲げていたガラス玉と並べた。
二つのガラス玉が並び、接触する。
「いつも通り君らしくやればいいさ!君にはボクがついてるよ!」
その言葉は俺の心を安定させるのに十分過ぎる物だった。
置かれていた
俺の行動を見ていた女性スタッフとサングラスの男の表情が暗かったさっきと比べ少しだけ明るくなった。
「ありがとう歌乃。俺、少し行ってくる」
「行っておいでマイバディ!」
歌乃の笑顔に押され、ギターを背負った俺は慣れた手つきでチューニングをしながら女性スタッフに誘導されるがままステージへ歩みを進めていった。
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