第31話:長くて綺麗な爪


「♪~」


 俺の斜め前を歩く歌乃から聞こえる鼻歌。それは彼女の機嫌が伝わってくるほど明るい音だった。

 先程の店から出てメインストリートに戻ってからずっとこんな感じ。それほど加工したガラス玉が気に入ったのだろう。まぁ、俺自身もデザインを考えたりと普段しないことができたし、買う予定もなかった帽子まで買ってしまうほどに満足だった。


 その加工したガラス玉のキーホルダーを利き手側、右ポケットから取り出す。

 そして歩きながらではあるがガラス玉を太陽の光に照らしてみる。

 透き通った水色のガラスがキラキラと輝く。

 その輝きの中で二本の白い線が映え、イメージ通り飛行機雲の様であった。


「君も気に入ったんだね?」


 いつの間にか俺の方へ振り返っていた歌乃が笑顔を咲かせながら問う。


「まぁね。自分で作るとやっぱり違う感じがするよ」


「フフーン♪よかった!」


 言葉と満足げな表情だけを残し、空色の髪の少女は再び前を向いた。


「♪~」


 気のせいか彼女の鼻歌の音量が少し上がったような気もした。


「そういえば響くん?さっきまでの話とホントに関係ないんだけどさ。君のその爪って痛くないの?」


 再び振り返った歌乃がガラス玉のキーホルダーを持つ右手、を指さしていた。

 俺の右手の爪だけはギターの指弾きがしやすいように伸ばしてコーティングネイルで強度を上げて綺麗に整えている。


「痛くないな。コーティングネイルしてるし」


「綺麗で長いのいいなぁ!ボクも君にしてもらおうかな?」


「コーティングネイルくらい何時でも貸すから自分でやってくれ」


「えーーーー」


 俺が塗るより綺麗に塗れるだろっと思ったがこれ以上は拗ねそうなのでやめておく。

 せっかくのメインイベント前に嫌な思いは誰もしたくない。


 こんな実にも成らない話を交わしながら俺達はメインストリートを歩いていく。

 今日のメインイベントが開催されるステージを目指して。


――――――――――


「響くん、もうすぐだね!」


「そうだな」


 メインストリートをしばらく歩いていると段々と人の数が増え始め、皆同じ方向へ向かっていることに気づく。その中には私服姿で分かりづらいが同級生の姿もチラチラと見える。

 そのまま歩き続けると車の影がなくなり歩行者天国に変わる。そして俺達の前に仮設ステージが現れた。

 所々、建材として使用されたであろう金属の棒がはみ出て居たり、ステージに使われている黒い布やライトも手作り感に溢れており、味を感じられる。

 そして俺達の周りに居る人たちが口々に言う。


「楽しみだな」

「まさかこんなとこで会えるなんて」

冬杜ふゆもり様まだかしら」

「今日、生きて帰れるかなぁ…」


 この場に居る全員の期待が仮設ステージに注がれている。

 俺達も例外ではない。

 隣に居る歌乃はそのブラウンの瞳をキラキラ輝かせている。俺も、自分の高鳴っていく心臓による高揚感が身体を包み込んでいた。


 まもなく公演が始まる。


――――――――――


「冬杜さんは間に合うのか!?」


「今、空港に着いたみたいです。やっぱり15分から20分は遅れそうです」


 ステージの前で待つ人と違った緊張感が此処には走っていた。

 決して表からは見えないステージ裏は半分パニックに陥っている。


「これだから人気者スターは予定がギリギリで困るんだよ…」


 黒いサングラスをかけた男は頭を抱え呟く。

 この男だけでなくステージ裏のスタッフたちは主役不在のこの状況に慌てふためていた。


「リーダー!冬杜ふゆもりさんから連絡です!」


「なんて言ってたんだ?」


 サングラスの男をリーダーと呼んだ女性スタッフがスマホの画面をじっくり確認しながら報告を始めた。


「えーっとですね。『先送っておいたヤツを扱える人を見つけて何とかしてみて、特徴はな人だよ』って言ってます」


「何とかって……だが、やるしかないか。おい!冬杜さんが先送りしてた物を準備してくれ!」


「リ、リーダー!?ホントにやるんですか?」


「やるしかないだろう?」


 スタッフ皆が一瞬で行動に移り、先程より静かになったこの場に表に集まった人達の騒めく音が流れてくる。

 女性スタッフもこの音を聞き、リーダーの言葉を改めて飲み込んだ。


「…分かりました。捜してみます」


「おう、頼んだぞ」


 残っていた女性スタッフも持ち場へ駆けて行き、サングラスの男だけが場に残された。


「しかし、そんな都合よく見つかるのか……」


――――――――――


「まだかなぁ」


「おい歌乃、跳ねるなって」


 ステージに近い所まで辿り着けた俺達の周りには多くの人がいた。


ことちゃん達いないかなぁ?」


「この人の量じゃ見つからんでしょ。そもそも来てるかも分からないし」


「そっかぁ」


 すこしシュンとなる歌乃。

 歌乃にはあぁいったが琴と律貴りつきもこのイベントの事を知っていたら間違いなく来ているはずではある。それほど冬杜さんの演奏は価値がある物だから。


 しばらくすると、マイクを持った一人の男性スタッフがステージに上がった。

 それを眼にした人たちにより少しザワザワし始める。


『皆さん、本日はお集まりくださりありがとうございます!イベント公演まで今しばらくお待ちください!』


 軽い挨拶をした男性スタッフが俺達、ステージ前に集まった人々に手を振る。

 その姿に合わせ周りに居た人たちも手を振る。よくある光景だ。


「ほら!響くんも手を振ってよ!」


「おいおい」


 俺の右横に居た歌乃が俺の右手を無理やりステージに掲げさせ揺らす。

 それに観念して自力で手を振った。



「ん?歌乃なにか言った?」


「え?ボク何にも言って無いよ?」


「気のせいか…」


 でも今確かに聞えた気がするんだよなぁ。「みつけた」って。

 挙げた右手そのまま使って頭を掻きながら傾げた。こういう時に長い爪が案外心地よかったりする。

 

 その時。

 後ろから俺と歌乃の間を割るように一人の女性スタッフ入ってきて頭を掻いていた俺の右手を掴んだ。

 突然のこと過ぎて俺と歌乃は声すらも出ず固まってしまう。

 

「ねぇ!君!!ちょっと助けてくれない!?」


「えっ!?」


 

 

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