第29話:楽しまなきゃ!
当時サポートメンバーの中でも音楽センスが飛び抜けており、同じギターの父とはよく喧嘩していたらしい。そして今、彼女は日本で最も上手いと言われるまでなり、全国各地で活動を行っている。
その特徴は決して固定メンバーとして組むことは無くソロであること。エアプライズのサポートメンバー以降、彼女は誰とも固定で組んだことは無いらしい。
ここまでが俺が母さんから聞いたことのある情報。
因みに母さんは今でも連絡は取り合ってるらしいが、今回の修学旅行と冬杜さんの公演が被ってる何て教えてくれなかった。まぁそもそも知らないって可能性もあるが。
「ねぇ響!ガラス玉作り体験、めーっちゃ楽しかったね!」
「お、おう。楽しかったな」
歌乃の声と輝く笑顔で現実に引き戻される。
揺れるバスの中。
お菓子の交換をする女子や、後方の席を回転させてボードゲームをしているグループが居たりととても賑やかだった。
二日目の始まりは沖縄の伝統体験から始まった。
エイサーの太鼓の音とリズムに合わせ高く上げられる足が特徴の振り付けが魅せる迫力は凄いものがあったし、禁止になってしまったハブとマングースの戦いは映像資料で見せて貰ったが中々…表現が難しい物だった。
そして天然記念物の鍾乳洞で地下の冷たさを味わってからの熱い熱い琉球ガラス作り体験はとても貴重なものだった。
貴重なものだったし、楽しかったのだが。
「……」
俺の中にある謎の緊張感がそれを邪魔する。
原因は分かるが理由は分からない。
冬杜さんに対して恐れることなど何も無いはずなのに…
「響くん、なんだか浮かない顔だね?」
「そんなことないよ」
「冬杜さんのこと?」
「っ!?」
「ハハッ、当たりだね」
ウインクしている歌乃。
その綺麗なブラウンの瞳が俺のことを凝視する。
やっぱり彼女には敵わない。
「そんな変に考えないでさ、楽しまなきゃ!だって音楽してるボクたちが有名人の公演を観に行くなんて何も不思議じゃないよ?」
「分かってるけどさ…」
「安心して!
歌乃はそう言い胸を張った。
しかし、こんなこと言って恥ずかしくは無いのだろうか。
まぁただ。
「そうだな」
彼女の言葉で心が少し軽くなったのは間違いなかった。
――――――――――
「楽しみだなぁ♪エアプライズの大ファンとして聞き逃すわけにはいかないからね!」
「歌乃、それ8回目」
バスから降り、自由行動の場となったのは沖縄で最も賑わいをみせるメインストリートだった。この一角で公演が行われるらしい。
俺達は公演までの時間で普通に観光することにした。
通りから伸びる商店街を二人で歩いていく。
「琴ちゃんはやっぱりダメだったかぁ…」
「委員会の付き合いもあるから仕方ない」
元々三人で回るのが歌乃のプランだったのだが、琴に確認することなく進めていたのでアポを取った時には遅く、彼女の予定は既に埋まっていた。
そのため此処は二人で回らざるを得ない。
「そっかぁ……あ!見つけた!こっちこっち!」
「ちょ!?」
今日、俺が着ていた半そでパーカーのフードを引っ張って歌乃が先導していく。
決してフードが好きなマイバディの影響を受けた訳ではない。本当に偶々だった。
歌乃が俺を連れて来たのは市場であった。
まるで違う世界に来たかのように扉を開けて中に入った途端、肌で感じる空気が変わっていた。
食品の鮮度を保つために下げられた市場の温度。
多く並べられた魚介類が放つ磯の香。
それらを売るため大きな声を張っている店頭のおっちゃん達。
その中で買い物をする多くの人。
これら全てが入ってすぐの俺達に襲い掛かり、思わず立ち尽くしてしまっていた。
「よし!此処でお昼だ!!」
テンションが上がる歌乃は人ごみの中はぐれない様に俺の手首をギュっと掴み前へ進んでいく。
この市場は購入した食材を二階で直ぐに定食として提供してもらえるシステムとなっていた。
また市場に並ぶ食材も中々普段見ることができないものが多く、見ているだけで楽しむことができた。
「この水槽の魚、熱帯魚みたい!家で飼えないかなぁ?」
「絶対やめとけ」
全力で楽しんでいるのは良いが周りの人の視線が凄いから本当に勘弁してくれ……
…と、まぁ色々ありながら互いに比較的財布に優しいものを選んで定食にしてもらった。
「わぁ!美味しそう!ねぇ響くん、見てよこれ!!」
「見えてる見えてるって」
歌乃が刺身定食。俺がエビの味噌汁定食。
見た目は何処でも見れるような感じではあったが、自分が選んだ食材ということで少し輝いて見えるような気がした。
しばらく食べ進めていると。
「味噌汁ちょーだい!」
「おい待て!」
せめてスプーンを変えろ!
「んーっ!美味しい!!ありがとう♪」
「……」
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
とはいえ、これで目の前でスプーンを変えるのも良くない気がし、その事を己に言い聞かせて引き続き使い続ける。
「あっ…かんせつ…」
俺の目の前で食事する空色の髪の少女の顔が固まり赤くなる。
「ん?どうした?」
「っ!?なんでもないっ!!」
耳まで赤くした少女は直ぐ目を逸らして食事を再開した。
嘘だろ…事故だったのかよ……
少し汁物の熱にあてられてしまったようだ。
――――――――――
「本当に30分遅れなのか!?」
「は、はい!飛行機自体が遅れているため間違いないです」
ステージの裏で男性が頭を抱えている。
「つまり、彼女は確実に間に合わないってことか…」
連絡に来た若いスタッフが立ち去って空に呟く。
「全くあのユニットの関係者は空に好かれてるか嫌われているのやら…」
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