第28話:潮騒って心地良いよね♪


「あー疲れた」


 ハンモックに包まれ夜空を見上げる。

 目の前に広がる綺麗な海と砂浜から運ばれてくる潮騒しおさいが疲れを癒してくれている様に感じた。

 サンセットビーチのコテージが売りの宿泊施設なのだが夕食の時間と重なり見ることはできなかった。それでも月明りに照らされる美しい海が見れるだけでも幸せだろう。


「んーっ」


 コテージのテラスに吊るされたハンモックに包まれた俺は大きな伸びをする。

 同室のクラスメイトも入浴後、寝間着に用意した体操服を着ると直ぐに全員寝てしまい、一人でこの贅沢な時間を過ごす。

 修学旅行初日にしてかなり濃い一日になった。

 地元ではない旅行先の地で、まさか迷子の子を助けることになるとは思っても居なかった。琴が居てよかったと心の底から思う。俺と歌乃だったら慌てまくりであんなに仲良くなったりすることは無かっただろう。

 改めて思う。俺が何とかするべきだった琴との関係を橋渡ししてくれた歌乃には感謝しかない。


♪~


 潮騒に乗って歌声が聞こえる。

 寝静まったコテージが幾つもあるだろうという時間帯で歌う人なんて関わるべきではないとは思うのだが。


♪~♪~


 どうも聞いたことのある声、俺の脳に焼き付いている歌声に上体を起こす。


「あいつ、なんで歌ってんだよ…」


 テラスに備わっている外用のサンダルに履き替えた俺は夜の砂浜を耳に届く声を頼りにして歩いていく。

 多くのベンチやパラソルが設置されているビーチ。その数から繁忙期の盛り上がりが簡単に想像できた。ただ現在、等間隔に設置された外灯の淡い光と月に照らされたそれらは少し寂しく感じる。


 少し歩いたらその姿が見えた。

 波打ち際、海に向かって歌う俺達の高校の長袖体操服を身に纏った空色髪の少女。

 普段でさえ綺麗なその空色の髪が月明りを弾き輝きを増して見えた。

 俺が砂浜を歩く音に気付いたのか少女は歌を止め俺の方へ振り向く。


「なーんだ、君か!先生かと思ってビックリしちゃった」


「先生だったら黙って近くまで来ないだろ」


「それもそうだね!」


 そう言った彼女は笑みを零した。

 この環境下、整った顔立ちの笑みがとても絵になる。

 そんなことより。


「んで、何で歌ってんだ?」


「んー…何となくかなぁ…強いて言えば明日が楽しみで気持ちを落ち着かせるためかな?」


「何となくではないな」


 それはもう理由でしかない。

 歌乃は「あはは」と照れ臭そうに、頭を軽く搔きながら下を向く。

 彼女が言葉にしたという言葉で思い出した。


「そういえば明日の自由行動って何するの?結局全部任せちゃったけど」


 歌乃も俺の言葉を聞き一瞬口を大きく開け、思い出したかのような表情をする。


「ゴメン、伝え忘れてたね。ちゃーんと回るお店とかは決めてあるよ!」


 花が咲く様に明るい笑顔で胸を張る。

 観光ルートに相当の自身があるようだった。


「そして最後」


 さっきの笑顔から一変、真剣な眼差しに変わった。

 潮騒の音が大きく、風が運ぶ潮の香りが強くなったような錯覚さえ覚える。

 

「君と一緒に会いに行きたい人が居るんだ。偶然、ボク達の自由行動範囲内でやってる路上公演イベントに出るらしくてさ」


「だ、誰だよ」


「君も名前は知ってるはず…冬杜ふゆもり 彩音あやねさん。元エアプライズのサポートメンバーで今、日本で一番アコースティックギターが上手いって言われている人。そして君のお父さんのだった人だよ」


「…本当かよ」


「ホントだよ」


 名前はもちろん知っている。

 ただ思わぬ所で聞くこととなった名前に固まってしまっていた。

 さっきより風が少し強くなる。

 目の前にいる少女も風に煽られないよう服の裾を掴んでいた。


「なn」


「おおい!!そこに居るのは誰だぁぁぁ!!!」


 歌乃に詳細を聞こうと発しかけた言葉が遠くから届いた大きな声で掻き消される。

 

「やっば!先生だ!響くん走って逃げるよ!!」


「ちょっと!?」


 見事なスタートを決めた歌乃を追う。いや後方からやってくる先生から全力で逃げる。

 明日は本当にどうなるのだろうか…

 

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