第27話:吹っ切れ


「イルカさん凄かった!!」


 興奮する少年そーたくんが俺達の前でピョンっと跳ねるように喜んでいた。

 イルカショーで出た水しぶきでその茶髪の頭は少し濡れてしまっていたが関係なさそう。

 彼だけではなくイルカショー会場から出ていく観光客達も口々に「良かった!」「楽しかった!」等とイルカショーを称賛する言葉を発して会場を後にして行く。

 俺も琴に言われてから純粋にショーを楽しんでいたから彼らの興奮する気持ちが良く分かる。

 キャストとイルカによる息の合ったパフォーマンスの数々はどれも俺達の心を鷲掴みにしてショーの終わりまで放すことはなかった。


「そーたくん楽しかった?」


「うん!おねーちゃんありがとう!」


 少年と話す琴はまるで音楽を楽しんでいる時のように幸せな表情に溢れていた。

 そして少年はショーの虜になり過ぎてしまっているようで本来の目的が飛んでしまっている。

 俺達が少年を保護してから一時間は経とうとしている。早く探さないと…

 でも、少年としては今のままの方が精神的に楽だろう。露骨に母親探しするのは止めておいた方が良い。

 俺はそーっと琴に近づいて肩を少し叩き、少年に聞こえない程度の声量を考え彼女の耳に近いところで呟く。


「なぁ琴…そろそろ母親探さないと…」


 この声に少し驚いたのか、琴は肩をビクッとさせ、急速に耳が真っ赤に熟れる。

 そして消え入りそうな声が彼女から漏れる。


「わ、分かってるって…あと、その話し方…くすぐったいからぁ……」


 少し振り向いた彼女の横顔は耳と同じ色になっていた。

 その様子に俺は思わず反射的に離れ、手を合わせて謝罪の意思表明を行う。

 見たことない琴の表情に流石に戸惑う。てか、なんで俺まで熱くなりかけてるんだよ…


「おねーちゃん、おにーちゃんどうしたの?」


「「な、なんでもないよ!」」


 俺達は少し慌てるように答える。

 お互いハモった何て気にするより自身の熱くなる身体を何とかするのに精一杯だった。

 顔を手でパタパタと仰ぐ俺達を少年はしばらく不思議そうに見ていたが、彼も本来の目的を思い出したようで周囲をキョロキョロする。


「ママ、居なかった…」


 そう呟き俯く少年の肩を琴がポンポンっと叩く。


「そーたくん落ち込まないで?見つかるまで私達が居てあげるからね?」


 もちろん俺も琴の言う通り、そのつもりだが此処からどうしようかと腕を組んで考え込んでしまう。

 俺達には責任があるから。


「響!」


 俺の名を呼ぶ幼馴染の表情はこの状況でも明るい。

 何か秘策でもあるのだろうか。


「どうした急に?」


「もっとリラックス!怖い顔してると移っちゃうよ」


 琴は視線を一瞬少年に向ける。


「そうだな、ゴメンゴメン」


「それに予想外の所で見つかるかも知れないしね」


「?」


 楽観視、というわけではないが、あのライブがあってから琴は何か吹っ切れたような感じがする。

 だからこそ冷静なんだろう。よく周りが見えてる。


プルルルルッ


 俺のズボンのポケットが振動している。

 こんな大変な時にかけてくるなんて…

 携帯の画面に名前が表記された。


「え?歌乃?」


 律貴のラブラブ写真を撮って遊んでいるはずの彼女が何の用だろうか。


「もしもし?」


『あ!出た出た!君って今何処にいる?』


「え?イルカショー会場だけど…」


『おぉ!もしかして何だけど…迷子の男の子連れてたりしないかな?』

 

「え!?」


 俺は思わず琴の方を見たが会話の内容が分からない彼女はただ首を傾げていた。


――――――――――


 イルカショー会場から少し館内の方にあるウミガメ広場で離れ離れになっていた親子が再会を遂げる。


「皆さん!本当にありがとうございました!ほら、そうたもお礼を言いなさい」


「おねーちゃん!おにーちゃん!ありがとう!!」


 ペコペコと何度も頭を下げる少年の母親。対して少年は笑顔で俺と琴、合流した歌乃に手を振る。初めて会った時の表情とは大違いだった。

 


 歌乃からの電話の内容はこうだ。

 俺達がイルカショーを見ている時、彼女は律貴の写真を撮り終え俺達と別れたトンネル型水槽に戻ってきていた。

 その時、トンネル型水槽をウロウロしながら少年を探す母親に出会い事情を聞き協力することに。

 そして捜索を行っていると同じクラスの子から俺と琴が小さな男の子を連れて歩いていたという目撃情報を聞いたらしい。

 

 琴の言った通り本当に予想外な所から解決してしまった。

 ウミガメ広場に少年の母親と一緒に合流した歌乃が親子の再会に笑みを零していた。

 本当に歌乃はいつも何か起こしてくれる。良い事も大変な事も。

 母親に連れられウミガメ広場を後にする少年は、その姿が見えなくなるまで此方に手を振り続けていた。俺達三人も親子の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 少年の姿が見えなくなった時、横から琴の声がする。


「やっぱり響は責任感強いね」


 声の方を見ると彼女は少年の姿が見えなくなった方向を見たまま話していた。


「そんなこと無いだろ」


「いやあるよ。私は途中ちょっと楽しんでたけど、響は最後まであの子の事を考えてたでしょ?」


「…」


 その通り過ぎて何も言い返せない。


「でも、それが響の良い所なんだろうね」


「な、なんだよ」


「んーん、なんでも」


 少年が見えなくなった方向、更にその奥を眺める琴。その何とも言えない表情に眼が離せなかった。

 そんな俺達の間に空色髪の少女が生えてくる。


「それじゃ!ボクたちの水族館観光を再開しよう♪」


「でも歌乃?集合まで一時間しかないよ?」


「分かってるよ琴ちゃん!だーかーら!スピードアップして全力で楽しむんだよ!」


 歌乃は自身の言った言葉を体現するかの如く、俺と琴の腕を掴んで走り出す。


「おい、歌乃待てって!」


「響、もう諦めて楽しもうよ」


 戸惑う俺に対し、この状況を楽しんでるかのように琴は笑っていた。

 まだ修学旅行も初日。

 俺は元気なまま無事に帰ることができるのだろうか…

 

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