第21話:ボク達のライブ!③

 響く、響く。

 熱く、強く、重く。

 ライブハウスの観客たちを飲んでいく。

 そして一曲目が終わる。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「すげえええええ!!」

「かっこいいぞぉぉぉぉ!」


 俺達に届く観客の声が曲中よりも熱くなっているのを感じる。

 この熱さ、逃すわけにはいかない。

 握られたピックを力を込めて持ち直す。


「ッ!」


 横からの圧。やっぱり中々慣れないこの感じ。

 額を流れる汗がやけに冷たく感じるほどの圧。


『まだまだ上げれるよね?マイバディ?』

 

 空色の髪を揺らす少女が、その綺麗なブラウンの瞳で挑発脅迫する。

 忘れてはいない。幼馴染のフォローで疎かになっているわけではない。

 だけど少しでも気を抜けば喰われそうになる。

 それくらいの歌声。


 だから良い。

 彼女と組んだ時から決めてたんだ。

 もう誰か立てるために弾くのはやめる。

 自分のため、夢のために弾く。

 胸を張って全力も以てして対等に張り合える人の隣で弾くんだと。

 それを初めて一緒にステージに上がるこの場で示す。

 身内の場ミライズではなく外のステージであるこの場所で自分の道を再確認するのだ。

 だから。


『もちろん、乗り遅れるなよ?』


 挑発脅迫に応えるように睨む。


『最高だね♪』


 ニコッと俺にだけ見える笑顔を見せた歌乃は、その手に持つマイクを握り直した。

 俺はそれを見て後方のリズム隊にアイコンタクトを送る。

 彼らの表情はちゃんと見れなかったけど笑顔だったと思う。

 そして一曲目の余韻でザワザワしている観客の心を逃さまいと間髪入れずカホンの音が鳴り始めた。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

「お?次は何だ!?」

「もっとやれぇぇぇぇ!」


 騒めきが歓声に変わる。

 イントロのギター。俺の奏でる音は歓声の上で強く鳴り響く。

 歓声さえも曲の一部であると錯覚させるような音を鳴らす。

 ギターの弦を押さえる指がフレットの上で踊り、それに合わせてピックが跳ねるように弦を弾き音を響かせる。

 俺のギターOvationを持つ特徴である、このギターだからこその音。柔らかの中にある強く芯のある音がライブハウスを包み、圧倒的な存在感を放っていた。

 共に演奏する琴のキーボードが奏でるメロディーラインという曲の枠組みが無ければライブ自体をも飲み込んでいたかも知れないと思わさせられる、表現力を兼ね備えた強い音が観客の心を奪う。

 

 これが俺の創造するイントロ。

 そうイントロである。

 まだ歌声という飛行機が飛び立つための滑走路を創っているに過ぎない。


「スゥ」


 歌乃の特徴でもあるマイクに入るほどのブレス。

 この吸い込んだ空気が吐き出され歌声に変換されていく。

 その準備である深いブレス、俺と歌乃が創る音楽の始まりを告げる。

 

 歌乃の歌声が飛び立つ。


♪~


「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」


 悲鳴に似た歓声が上がる。

 観客が空に上げる手の数が増え、その動きも音に合わせ一体感を増していく。

 その光景を創り出すのは彼女の音。

 俺達を照らすステージのライトが歌乃にだけ強く照らされてるかのように錯覚するほど彼女の歌声が持つ力は異質としか言えなかった。


 だが、俺はこの歌声に喰われるわけにはいかない。

 やっと会えた対等に張り合える存在。

 応えるしかない。

 いや、俺の音で塗り替えるしかない。


 ギターから奏でられる音の数を増やす。

 俺のギターOvationじゃ路上と同じスラム奏法は出来ない。だけど奏法なんて他にもいっぱいある。俺はそれらを織り交ぜ、歌乃に応える音を、表現を創り出してやる。

 ならばピックの役目は此処まで。

 

カラン


 演奏中、ピックが床に落ちる音が小さなノイズとして俺の耳に入るがそのノイズを搔き消すかのように右手の指で弦で弾く。

 丁寧に手入れされた爪が弦の上で跳ね、音を生み出す。


 まるで馬が弦の上で駆けているかのように。

 いくつものギターが鳴り響ているかのような音。

 ベースの弦を弾くような力強い音。

 所々に挟むハープのような繊細で美しい音。


 これらが融合して俺の音となる。

 歌乃に集まっていた観客の視線が俺の方へ向きだした。

 彼らの掲げられた手の動きも俺のギターのリズムに合っていく。


「ギターかっけぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「指の動き早すぎだろ!」

「あんちゃんも良いぞぉぉぉ!」


 俺への歓声がチラチラ聞こえる。

 さっきまでの歌乃への歓声と五分五分ぐらいか。

 でも俺の音、俺達の音が観客始めライブハウスを一つにしているこの感覚。

 決して一人で味わえない感覚。そして見ることのできなかったこのステージからの景色。



 あぁ、なんて贅沢なんだろう。とても綺麗だ。



 曲も間奏に入り、歌乃が俺を視る。


『まだまだ負けたつもりなんてないよ♪』


『望むところだ、マイバディ』


 観客より熱く滾る俺達の熱はまだまだ冷めない。

 何せ俺と歌乃の音楽は始まったばかりだから。


――――――――――


「チッ」


 盛り上がりを見せるライブハウスの片隅で一人。

 イラつきを露にしていた青年がいたことに誰も気づくことはなかった。



 

 

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