第20話:ボク達のライブ!②
「…スゥ」
歌乃の優しくも力強いブレスがマイクに乗ってライブのスタートを告げた。
始まりは俺のギターと歌乃のボーカルで走る。
彼女の歌声に合わせ、飲まれないように必死に弦を弾く。
歌声が創る音の線をギターの音で掴むように、絡めるように。
そして掴む。
「おぉ、凄い迫力」
「かっけぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「上手過ぎ!!!」
ライブハウスは観客との距離が近い。
だから観客の心を掴めたのかが良くわかる。
この歓声がすべてを表していた。
前のグループが残していった余韻。さらにもっと前、始めのグループから築き上げられてきたライブハウスの空気を俺と歌乃二人の音が全て飲み込む。
掴みは問題なし。今までの俺と歌乃はこのまま突っ走るだけだったけど今回は違う。
頼もしい仲間がついている。
♪~
律貴のベース、にいなさんのカホンの音が重なる。
ベースの低い音が俺と歌乃の音を下から支え、厚みを持たせていく。そのリズムを崩さないようにカホンが音を刻んでいく。
重圧感のある音と安定感を感じられる跳ねるような音が俺達と混ざっていった。
歌乃が俺を視る。
『やっぱ最高だね♪』
『いや、まだまだ』
そう、まだ足りない。
俺たちのメロディーラインが足らない。
俺たちの音楽を今以上に観客の琴線に触れるものとするため必要な音がある。
俺達のラストピース。曲を導くキーボードの音。
その音が最後に交わる。
『『さぁ行こう』』
『琴!』『琴ちゃん!』
「……」
「「!?」」
音楽は続いていく。
しかし、
歌乃は首を少し傾げながらも、顔を後ろに向けない。
彼女が顔を向けたら、琴の方を見てしまったらミスしたのだとバレてしまうから。
キーボードのある位置を見る。
そこには汗を流し俯いたまま震える手を見つめる少女がいた。
あの時助けたのは歌乃。じゃあ今度は俺の番だよな。
だったら…
こうするしかない!
――――――――――
side:深坂 琴
なんで!なんで動いてくれないの!
どうして……
震えが止まらない手。これまで経験のないくらいの冷や汗。
みんながスルーしてくれたおかげで観客からの嫌な視線はまだないけど、それも時間の問題。このまま弾かなかったら確実に視線を集めてしまう。
そんなの絶対ダメ!
みんなの音楽を私一人が潰すなんてダメ!
分かってる。分かってるんだけど。
なんで戻ってきたの!緊張はあの時に解けたはずなのに!
此処に立ってから、なんで戻ってきたの!
バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ!
私のバカ!!
やっぱダメなのかなぁ。
私は
潤む視界。頬を伝う汗が鍵盤の上で震える私の手に落ちる。
その時。
♪~
音が聞こえた。ギターの音。
しかもこれは私が弾くはずだったメロディーライン。
思わず顔を上げる。
ギターを弾く響がアドリブのアレンジで私の弾く予定だったメロディーラインを物凄く細かく挟みながら自分の演奏をしていた。
これが本番でできる度胸と天才の技。
その彼は私の事を見ず観客の方を見ている。ただ奏でるメロディーラインが私に手を伸ばしているかのように思えた。
掴みたい。
私はこの音を放したくない!!
ドクンッ
心臓が跳ねる。
胸から広がる温かさが私の手を震えから解放していく。
やるんだ私。この音を絶対に掴むんだとキーボードを弾き始める。
辛うじて奏でるメロディーライン、私にとっては不格好な音かも知れない。だけど高鳴る心臓の音と心がそれを良しとした。
彼と共に奏でるメロディーライン。私の音が軌道に乗った時、ようやく歌乃が私の事を視た。
『こんどこそ行くよ琴ちゃん♪』
私にウィンクしてみせる歌乃。
ゴメンね歌乃。迷惑かけたよね。私、頑張るよ。この心と向き合うよ。
鍵盤の叩く手に少し力が入る。
彼女に報うため。
私の心のために。
私が掴もうとしたギターの音はいつの間にか元に戻っていた。まるで「もう大丈夫だろ」と言わんばかりに。
ドクンッ
彼は振り向かないが私には分かる。彼が私を信用してくれていることが。
ドクンッ
幼馴染として一緒にいた時間が教えてくれる。
ドクンッ
当たり前だと思っていた存在が特別になる時。
ドクンッ
きっとそれが私の心の痛みが理由。
ドクンッ
そしてこの胸の温かさ。
ドクンッ
もう嘘なんてつけない。
私は彼が。
ドクンッ
好きなんだと思う。
ドクンッ
この胸の高鳴り。
私のこの思いはきっと。
この広い宇宙、広い世界からみたら小さなものかもしれない。
でも、この思いは心臓の音を激しく、時に切なく響かせ私の世界を変えた。
私にとって大切な人はすぐ傍、傍過ぎたから分からなかったんだ。
控室で手を取った時に芽生えた温かい感情。
きっと恋だったんだと思う。
この思い今じゃなくても良い、でもいつか届いて欲しい。
ワガママかな?
でもきっとこの心臓の音やワガママな感情、これが私の。
恋の歌。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます