第17話:仮面舞踏会


 私の前に立つ飛咲ひさき 歌乃かのは笑顔だった。誰でも分かる作り物の笑顔だった。


「なんでこんなとこに居るんですか歌乃さん」


「ほんと!なんでだろうね」


 声が笑っていない。思わず後ずさりしてしまう。

 背丈以上の圧が彼女から出ていた。


「まぁまぁこっちにおいでよ」


 彼女に言われるがまま身体が動く。

 着いて腰を掛けたのはさっき通り過ぎた公園内の屋根のある机を囲んだベンチ。机には彼女の物と思われるノートやシャーペン、ペットボトルが置いてあった。

 まさか?


「歌乃さん、いつ此処に来たんですか?」


「ん?さっきだよ、さっき」


 嘘だろう。だってノートに名前書いてあるし。

 と、いうことは学校終わってから3時間も?いつ帰るか分からない私を待って?

 それにしても…


「どうして私の家が分かったんですか?」


「どうだって良くない?」


 またこの圧だ。


「ねぇ?」


 雨脚が強まる。


「なんで琴ちゃんは自分を騙し続けてるの?」


 彼女は問う。私も分からない問いを。


「なんで無理やり創った仮面に収まってるの?」


 彼女は問う。私の偽りを。


「ねぇ何でなの?ねぇ?ねぇ?」


 絶えず降り注ぐ雨の音が二人のノイズとなる。


「私だって知りたいよ!」


 耐えられなかった。とうに限界を迎えていた仮面が剝がれ始める。


「私だって!みんなと居たいよ!!だけど」


 だけど。


「どうしようもなく心が…痛いんだ…」


「ボクのせいで?」


「!?」


 きっかけはそうだったかも知れない。でも…


「ちょっとは当たりかな?じゃぁ響くん!」


ズキッ


 思わず制服の胸の所をギュッとする。


「あったりー♪」


「なんで分かるの?」


「だって女の子だから」


 よく理解できなかった。


「ボクは12年前に経験したことがあるから」


 これも理解できなかった。


「その痛み、気持ちに向き合わないと一生そのままだよ?なんならもっと酷くなっちゃうかも?」


 彼女は机に置かれたシャーペンを手に取り、私を指した。


「二度と響くん話しできなくなるかも?」


バンッ!


「響は関係ないでしょ!」


 手のひらで机を叩き、思わず叫んでしまった。


「あるよ」


 しかし彼女は動じない。シャーペンを元の位置に置く。

 深く呼吸する。


「あるんだよ」


 私と対照的に表情、感情共に崩さず彼女は言う。

 その視線は私の眼を放さない。


「だから琴ちゃん、君は向き合わないといけないんだ。その痛みを生む心と種に」


 種は…そうだろう。


「だからってどうしたらいいのよ!向き合うにも胸は痛いしさ!…一方的に突き離しちゃったし」


 頬を瞳から生まれる雨粒が伝った。

 約三週間、特にこの二週間の私がしてきた行動が思考を混沌とさせる。


「そんなのボクにはわかんないよ」


「なっ!?」


「ボクね怒ってるんだよ?響くんの本音を悲しそうな顔で弾いたその仮面に!」


 彼女の声色に怒りがこもる。


「自分を騙す行為の全てを悪いなんて言わない!それで生きやすくなるなら勝手にすればいい。だけど琴ちゃんは違うじゃん!」


 ノイズが二人の間を埋める。


「自分を騙し過ぎるとね。どこからが本当の自分で、どこからが仮面か分からなくなるんだよ…」

 

 彼女は顔を上げ雨を弾く屋根をみた。

 仮面に怒っていた彼女の声は雨に消されそうなくらいに弱かった。


「だからさ、自分に素直になりなよ。仮面なんか外してさ」


 彼女は机に置かれたペットボトルを取り、一口含む。

 そして濡れた私の眼をみる。


「琴ちゃん。君は何がしたいの?」


 答えはずっと前に出ている。

 私は。


「響と音楽がしたい。一緒の景色が見たい…」


「言えたじゃん」


「うん…」


 頬を拭う。目元に熱が残る。

 雨が止む。天気予報を裏切って。

 私は最後に聞きたかったことを彼女に問う。


「ねぇ歌乃さん。なんで私のことを気にかけてくれたの?」


「それはね」


 彼女は偽物のではなく本物の笑顔を見せた。


はもう一度君たちと仲良くしたいんだ♪」


 私?


「え?」


「あーボクお腹減ったから帰るーー!」


 気のせいだったかな?まぁいいや。


「ねぇ、歌乃さん」

「歌乃でいいよ」


「じゃあ、歌乃。うちで食べてく?」


「え?ほんと!?」


「帰りも車出してもらう様に親に言っておく」


「やった!」


 「琴ちゃん、ありがとー!」って歌乃が抱き着いてくる。

 もう彼女には色々さらけ出しちゃったし今更気にすることなんてなかった。

 そういえば私、響以外で気を許せるって初めてかも知れない。


 空を見上げる。

 暗い中だからこそ輝ける星々がいつもより綺麗に見えた。


――――――――――

side:飛咲ひさき 歌乃かの


 二週間頑張って、本音までぶつけた相棒を労ってあげるのも相棒の役目でしょ。

 まぁ、仮面を破る方法を一番知ってるのはボク仮面だしね。

 しかも出来立ての仮面ならお茶の子さいさいって感じ!


 琴ちゃんに必要だったのは一つだけ。

 辛い時に「ちょっと聞いて欲しいんだけど」って言える友達。

 これまでは響だったのかも知れないけど例外だったしね。


 あの時の私には無かった物。

 琴ちゃんには私みたいになってほしくなかったから。これが本音かな?

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