side:深坂 琴


 彼女が現れてから私の心はイレギュラーが起きている。


 あの日、エアプライズの曲を歌った少女は私の幼馴染を縛りから解放した。彼の縛りを解く方法は知っていたけど私には力がなかった。だからあの日、嬉しさと悔しさが込み上げてきたんだ。私に力があればもっと早くに解放できたのにって。

 そういえば、今まで私以外に彼にあそこまで近づいた女の子って居たっけ?


ズキッ


 心が痛む。理由はわからない。

何でだろう。彼は私のものなんかじゃないのに。


 その少女は次の日、私たちの高校に編入してきた。

「よろしくね?琴ちゃん!」

 とても可愛くて綺麗で元気でいい子。私なんかよりキラキラしてる。


 その日の夕暮れ、駅前ロータリー。彼らが路上ライブをしていた。やっぱり上手い。でも、あの横って小さい時、私がキーボード弾いていたんだよね…


ズキッ


 またこの痛み。だから!彼は誰のものでもないんだって…


 今までこんな事なかったのに。何でこんなに苦しいの?

 私が苦しい分、学校で演じる委員長である方が楽だった。これなら彼らを見ても痛くない。


 学校で嫌われたくない、優等生でありたいという気持ちが生み出した仮面は高校で委員長となった。

 なんでって?

 だって誰でも学校で嫌われたくないし優等生でありたいでしょ?  


 彼と壁を作って接するには委員長である方が都合が良かったんだ。でもいつまで続ければ良いんだろう?


 通い慣れた地下スタジオ。サポートメンバーを集めてるみたい。律貴の後輩はセンスがあるし後1ヶ月なら間に合うと思う。

 それにしても久しぶりに皆んなで演奏。やっぱり私は音楽が好きなんだと再確認できた。

 でも。


ズキッ、ズキッ


 もうこの痛みは「なんだろう?」と言って済ますことができなくなってきていた。

 一刻も早く此処から離れたい。

 この胸を刺す痛みから逃げ出したい。

 でも、委員長である時間が長くなるにつれて心が締め付けられる。

 この負の連鎖が私を蝕む。

 あぁ、痛い痛い痛い。

「なぁ、琴」

「ごめん。わたしは…やめておくよ」

 彼の声も今は聞きたくない。


 もう分かんなくなってきた…


 その次の日私は、ある楽器屋さんに居た。

 心が落ち着かない時とかに彼を引き連れて此処で試奏するのが私のルーティーン。

 その日は私一人だったけど。

 普段使わないピアノとか、高くて買えないキーボードとかを弾くと非日常感が味わえて気を紛らすことができた。


 できるはずだった。


 鍵盤を叩く指が止まる。


 見覚えのある二人が入店した。

 彼らだ。

 幼馴染の顔が私の瞳に映る。


ズキッ、ズキッ、ズキッ、ズキッ、ズキッ


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


 此処からの記憶はあまり無い。

 気がついたら雨の中傘をさして立っていた。

 限界を迎えた心を抱いて。

 

 こんな痛みを抱えた私が、今の彼の側に居たらダメだと思う。

 きっと私は邪魔になる。

 このまま壁を作ったままでいいと言い聞かせる。

 その方がのためになると言い聞かせる。

 そして自分に吐いた嘘を肯定する。自分を嘘で包み込む。



 直近の2週間、彼は私の元を何度も訪れた。

 今の私は彼を見るだけで苦しい。

 だから突き放した。彼のため。私のために。

 嘘を着続けた。彼のため。私のために。

 だけど今日…

 

 教室に残された二人の幼馴染。


「俺は琴の音が要ると思ってる」

 

 ズキッ


 なんで。

 何で痛いの?嬉しい言葉のはずなのに。

 

「俺はお前と音楽がしたいんだ。まだ楽器を持ったばっか子供の時みたいに、適当に音を出して笑い合ったあの時見たいに。幼馴染であり音で繋がってきたこれまでみたいにさ」

 

ズキッ、ズキッ、ズキッ


 なんでなの!

 私の嘘が彼の言葉を拒絶している。

 私だって…したいよぉ……

 私が初めて音に触れた日みたいに。

 みん……響と音楽したいよ。


 だからさ。


 ゴメンなんか言わないでよ。

 こんなのを抱えちゃった私が悪いんだから。

 私、今酷い顔してるんだろうな。




 だれか助けてよ。


――――――――――


 いつもより早めに抜けて来た塾の帰り道。最も家に近い公園の前を通り過ぎる。早いって言っても学校が終わってから3時間は経っている。

 天気予報の通りの雨が降っていた。

 

 もうすぐ家に着く。私に戻れる。

 あれ?何言ってるんだろ。私は私ですよね。


「やぁ!迷える琴ちゃん!」


 後ろから声をかけられ振り返る。


「ボクとお話しよっか?」


 そこには空色の髪の少女が制服で立っていた。

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