第16話:響くんの決意

「ひびき!起きなさい!」


「んー琴、もう少し寝かせてくれよ…」


「何言ってんのあんた?」


「え?」


 朝の陽を嫌がる眼を擦りながら身体を起こす。

 チカチカする眼の焦点を合わしていくと俺の瞳に栗色の髪の毛が映った。

 唯一の肉親が呆れたような表情で俺を見ている。


「あぁ母さんか、今日は琴と練習の日じゃないの?」


「いやいや、琴ちゃんは来ないよ。昨日の夕方電話があって、しばらく休みますって。あんた琴ちゃんに何かしたの?」


「してないけど…」


「そう、ならいいわ。まぁ早く支度しないと遅刻するよー」


「え?…ああああ!!!!!」


 月曜日の朝、遅刻が確定した俺の叫び声が家中に響いた。


――――――――――


「お?遅刻した響やん」


「やめてくれ律貴りつき…」


「今度からボクが迎えに行ってあげよっか?」


歌乃かのもさぁ…」


 昼休みの屋上。律貴とその後ろからひょこっと飛び出した歌乃がクスッと笑い出迎える。

 親と幼馴染を呼び違えたことが後になって恥ずかしさとなり込み上げる。遅刻を弄られる今もそうだ。正直歌乃に関しては昨日の出来事の方が大きいかも知れないけど。


「なぁ響、琴の方はどうなん?」


「それが…」


 午前中何度か話しかけに行こうとはした。しかし「すみません、今忙しいので」「響さん、他の人が席に付けなくて困ってるので後にしてください」と話すらまともに出来ず惨敗である。


「響くんに対しても、ずっとだったね」


「幼馴染の琴をメンバーにしたい気持ちは分かるけどよ響。時間も限られてるしさ、タイムリミットを決めた方がええで」


 律貴の言う通り俺たちに残された時間は一か月。選曲から合わせまで考えると決して多くない。しかもにいなさん若葉マークがいる状態で。


 でも、何か思い詰めているかのような琴を置いて行ってしまったら俺たちは二度と前と同じ関係に戻れない、そんな気がした。

 それに。


「ボ、ボクの顔を急に見てどうしたの!?な、何かついてる?」


 俺は誰かと音楽で心を通わす楽しさを知ってしまったから。


「二週間。二週間待って欲しい」


「そうやな、それが限界やろな」


 そこからは戦いの日々だった。

 俺の家に来ることの無くなった琴と話をするために学校、登下校、ミライズ広場でのイベント、あらゆる場で機会を窺った。しかし「用事があるので」「すみません今から委員会です」「入りません」と惨敗を続けた。

 だが、彼女は決してメンバーに入らない、入れない理由を言うことはなかった。

 つまりこれは何か物事が要因なのではなく、俺達であることを告げているようなものだった。



 もしかすると俺は知らない間に琴の事を傷つけてしまっていたのかもしれない。



「響くん、にーなちゃん上手くなってきたよね!」


「本当に予想以上の成長速度だよ」


「でも相変わらず律貴くんには厳しいけど」


「なんか見慣れて来たわ」


 朝の登校中。快晴の空と同じように元気な歌乃につかまっていた。


「響くん今日だね」


「そうだな」


 約束の二週間、その最終日であった。


「作戦はあるの?」


「ないけど放課後が勝負だな」


 俺達が校門もくぐった時、廊下の窓に先生の手伝いで書類を運ぶ委員長が映っていた。

 全てをぶつけよう。


 

 最後の時が来た。

 今日は金曜日。委員長の琴は教室の施錠のため最後まで残る必要があった。


「ほら、遊んでないで帰ってください」


「「はーい、委員長!」」


 委員長から追い出されるかのように教室から出ていく生徒たち


「あなたもですよ。響さん」


「そうだな」


 琴の表情は変わらない。声のトーンは変わらない。何度も俺の言葉を弾退けて来たものだ。だけど俺は引かない。これからも幼馴染であるために。


「なぁ、こ」

「入りませんし、参加しませんよ」


 言い切る前に即答だ。

 概ね予想通り。


「だよな。でも俺は琴の音が要ると思ってる」


「そうですか。でも私の音何て本当に要るんですか?メンバー的に足りてるでしょう?」


 正直、正論ではある。

 不安は残るが今のメンバーでもライブは出来ないことない。


「そうかも知れない。けど」


「けど何ですか?」


 胸で言葉が詰まる。

 本当に言いたいことって、何ですんなり出てこないんだろう。

 ギターのために伸ばした爪が手のひらに食い込む痛みで言葉を捻りだす。


「俺はお前と音楽がしたいんだ。まだ楽器を持ったばっか子供の時みたいに、適当に音を出して笑い合ったあの時見たいに。幼馴染であり音で繋がってきたこれまでみたいにさ。…だから」


「……だから?」


「ゴメン!!」


「!?」


「俺が何か悪いことをしたなら謝る!このままじゃダメだ!……なんでずっと委員長モード仮面のままなのか教えてくれよ!本当のお前はどうしたんだよ!?」


 そう、琴はこの戦いの期間。学校はもちろん、登下校中、ミライズ広場でも口調が砕けたことがなかった。委員長モードが解けなければこれまでの俺達には戻れない。俺がたどり着いた答えであった。だって音楽は本当の心を映す場所だから。

 …琴が琴であれば俺たちは幼馴染で居ることができると思ったから。


「……理由なんかありません」


「…そうか」


「私は塾に行かないといけません。もう出て行ってください」


 俺は無情にも教室から追い出される。その横を教室を施錠した琴が通り過ぎていた。


「ダメっぽいなぁ…」


「そんなことないよ」


 琴が駆けて行った方向と反対の廊下の柱から空色髪そらいろがみの少女が顔を出す。

 歌乃は俺の元へ歩みを進め肩をポンッと叩いた。


「君は良く頑張ったよマイバディ。ゆっくり休んでね」


「……」


 俺は何も言えなかった。悔しさ、辛さ、悲しさ、苦しさ、様々な感情、感覚を身体を巡る。


「なにも言わなくていいよ。だから」


 少女は眼を閉じ大きく深呼吸する。

 深呼吸の動きで空色の髪が片目に被った。

 そして眼を開く。


「後はボクに任せて」 

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