第15話:ボクと君の初デートってやつ?③


 着いたのは商業施設の屋外にある少し大きな楽器屋さん。ガラス張りの店頭に並ぶギターやベースなどや流れてくるピアノの試奏が音楽に関わる人々を誘惑させていた。

 俺も一人でないが以前に来たことがある。


「ボクね。君にギターを見繕ってほしいんだ♪」


「え!?どうしたんだよ急に」


 歌乃かのに思わず直ぐに訳を問いかけた。いくら歌乃の行動に慣れてきた俺でも「ギターを見繕ってほしい」って言われたら喰いついてしまう。しかもそれがボーカルの相方なら尚更。


「だって」


 しかし答えは直ぐに返って来ず、店から聞こえるピアノの試奏が間を埋める。


「き、君の好きなことをもっと知りたいからかな!」

 

 ちょっと怒ってる?って思うくらいに強く言った歌乃の頬が少し赤い。

 ストレートに言われた俺も、心臓のテンポが少し早くなったのが分かった。


「もぅ!ボクばっか恥ずかしいじゃん!」


 そんなことはない。

 いつものように少し頬を膨らませた歌乃。しかし頬の色はいつもと異なっていた。


「ふぅ…早く行くよ!」


「ちょ!?」


 頬に溜めた空気を吐き出し頬に熱が残ってままの歌乃は、喫茶店に入った時のように俺のシャツの裾を掴み走り出す。

 これでシャツが伸びたら今度は俺が見繕ってもらおうか。…やめとこう。


 店内に入ると丁度ピアノの試奏も鳴りやんだ。訪れた静けさが俺達を飲み込む勢いで置かれた楽器たちを映えさせる。アコースティックギターからエレキギター、ベースにマンドリン、奥の方にはヴァイオリン、入ってきた店頭側にはピアノやキーボード、店内中央にドッシリ構えるドラムを始めとしたパーカッションたち。まるでテーマパークのような場所であった。

 楽器たちに包まれるような場所に足を踏み入れた歌乃の顔がパァっと花を咲かせる。


「ボク実はね!ちゃんと楽器屋さんに来たの初めてなんだ!」


 テンションが上がる歌乃。いつもより幼く見えた。

 そんな彼女が唐突に俺の顔を見る。


「いま子供っぽいっておもったでしょ?」


「オモッテナイデス」


 なんで女子は人の心を読むのが得意なんだろうか。


「ま、まぁ俺達も何かあった時はここで気を紛らすからさ…気持ちはわかるぞ」


「ふーん」


 ちょっとだけ怒っていらっしゃるようだ。

 「まぁ今日は許すよ」と小さく呟いた歌乃はギターの置かれているスペースへ歩みを進める。

 なんだろう、今日の歌乃はいつもと違う感じがする…


 ギター選びは直ぐに終わった。初心者でも弾きやすくリーズナブルな価格が集まる場所に行った時にそれはあった。


「これだね」

「これだな」


 正直ギターの弦などは後で弄れるから、始めは自分の好きなデザインが良いと言いながら歩いていた時に見つけた空色のギター。

 もうこれしかないと思った。

 

 店員さんを呼び手続きを済ませる。

 セットでついてきたケースに入れ背負えば…


「やった!マイギターだよ!ほら見てみて!!」


 ご満悦の様だ。

 歌乃は俺に背負ったギター見せつけるかのようにあらゆる角度でポーズをしていた。彼女の着ている服とのギャップはあるがそれさえもファッションとして着こなしている様に見える。美人って凄い。


「あ!先輩!?」


 そんな時、聞き覚えのある声がする。

 声の方を向くと昨日と異なりピンクの髪を下ろしている三鼓みつづみ にいなが立っていた。あの傘と反対の手に持ってるのはもしや…


「にーなちゃんだ!おーい!」


「あ、歌乃せんぱ……ふぇぇぇぇ!!う、美しすぎ…る」


 固まった。

 歌乃が急いで近づき肩を揺すっていたが逆効果だと思う。

 ほら「せんぱ…ぐへぇ」「美しさで目がぁ…ぶはぁ」と繰り返す壊れたおもちゃにみたいになっている。


 落ち着くまでしばらく待った。

 俺たちがここに居る理由を簡潔に話すと大きく頷いていた。


「なるほどなるほど、先輩楽器を買ったんですね」


「え!?にーなちゃんも何か買ったの?」


「ぐふっ…私はこれを買いました」


 手に持っていた木の板のようであり箱のようなものを見せてくれた。


「トラベルカホンか」


「流石です!先輩!」


 俺の予想は当たっていたらしい。


「これがあれば何処でも練習できるってネットで見たのと、値段的にも買えそうだったので買いに来ちゃいました!」


「にーなちゃん凄いね!ボクその行動力大好き!!」


「ぐはっ」


 あ、しんだな。

 またしばらく彼女にいなが動けるの待ってからお別れをした。

 どうやら早く練習したかったらしい。


「にーなちゃん凄いね。ボクも頑張らなきゃ!明日の放課後、また地下スタジオ行ってもいい?練習したいんだ!」


「いいよ。ギターもいいけど本職忘れんなよ?」


「あ、君?もしかしてボクの歌を舐めてる??」


「舐めてませんよっと」


 舐めることなんてできるかっての。

 そろそろ帰ろうと店の出口に近づいた時。


ザー、ザー


 雨が降ってきた。


「やばいよボク。傘持ってない…」


 流石にギターは濡らせないしどうしたものか…


「あ!」


 鞄を漁る。底に眠っていた折りたたみ傘を取り出す。「あ!今日、天気不安定みたいだから折りたたみ傘持っていきなさいよ!」今朝の出来事が蘇ってくる。ありがとう母さん。

 俺は折りたたみ傘を開き歌乃に渡す。


「これ使いなよ。俺は施設の屋内に行って傘買ってくるから」


 施設まで走ろうかと構える。

 しかし、腕を掴まれ、走り出すことはできなかった。


「ダメだよ!ちょっとでも濡れて風邪なんかひかれちゃボクが嫌だもん!」


 掴まれた腕は歌乃と密着し、俺の身体も必然的に接近する。


「君の傘、大きいからさ…一緒にね?」


「お、おう」


 多くを言わずとも言いたいことは伝わる。

 上がる心拍数と緊張で身体は歌乃の言う事を否定することはできない。

 熱くなる頬。

 緊張で少し汗ばむ手のひら。

 バレないでくれと願うばかり。

 

 歩幅を合わせて歩き出す。

 横を見ると雨で見えないはずの夕焼けがあった。


――――――――――

 

 雨が降る。雨が降る。雨が降る。


 楽器屋の前で一人傘をさす少女を打ち付けるように雨が降る。


 気を紛らしにピアノの試奏をしに来た少女の視線の先には、一つの傘に入った買ったばかりのギターを持つ少女と振り回される人。


 アスファルトに跳ねる雨粒が少女の長く伸びた赤みがかった黒い髪を濡らす。


 少女は何も喋らない。己の心と話すだけ。


 試奏するピアノも聞こえてくる会話も打ち付ける雨も、彼女の琴線に触れる音ではなかった。


 雨が降る。雨が降る。雨が降る。

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