第13話:ボクと君の初デートってやつ?①


「変な空気にしてゴメン。わたし帰るね」


「ちょ!おい!」


 俺の呼びかけが届くことはなかった。

 地下スタジオから直接外に通じる扉を勢いよく開け、琴は帰って行った。


「良い時間だし、おれも帰るわ」


 それに続く様に律貴も地下スタジオを発つ。


「あ、私も帰らなくちゃ!歌乃先輩ありがとうございました!」


「にーなちゃん!ばいばーい♪」


「はうぅぅぅ」

 

 アッという間に二人きり。

 それにしても。


「琴ちゃんどうしたんだろ」


「わからん」


 本当に分からない。断るにしても琴らしくない。

 何かを切り捨てるような言い方、そしてあの表情。


「君、琴ちゃんに何かしたの?」


「いや覚えはない…はず」

 

 本当にないはず。うん。

 というか幼馴染として長い付き合いの中で理由も分からずあんな感じになる琴は初めてかも知れない。


「フーン」


「歌乃は何か分かる?」


「んーん、なんにもだよ」


 そう言って歌乃はコップに残っていたお茶を勢いよく飲み切った。

 勢いと反対にコップを優しく机に置いた彼女は俺に言った。


「心の内なんてさ、誰にも分かる物じゃないんだよ。ボクたち神様じゃないし」


「お、おう」


 歌乃はフードを被り、少しスタジオの天井を見る。

 地下スタジオには時計の針が進む音とソファに深く座った歌乃のパタパタと揺らす脚が地面と擦れる音のみが残る。


「そういえば響くんって明日の日曜日って暇?」


「イベントも休みだし、特にこれっていう用事はないかな」


「じゃあ、明日ちょっと付き合ってくんない?」


――――――――――

翌日


「響?どうしたの?そんな髪の毛まで整えて?」


「別にいいでしょ?」


「あーあ母さんに教えてくれないんだ」


「遊びに行くだけだよ!」


 朝から母さんに絡まれる。

 俺が身だしなみを整えるのがそんなに珍しいか? 


「ほんとに?」


「ほんとに!!」


 なんか今日はやけにしつこい。


「まぁいいや。行ってらっしゃい!」


 母さんは玄関で靴を履き終えた俺の背をパンっと叩く。

 その背中を摩りながら家を出ようとドアを開ける。


「あ!今日、天気不安定みたいだから折りたたみ傘持っていきなさいよ!」


 玄関の壁にある折り畳み傘を鞄に押し込み家を後にした。


 昨日あの後、歌乃は待ち合わせ場所だけ俺に伝え「じゃまた明日!」っとだけ残して帰って行った。

 時刻は10時、とある複合商業施設の入り口にある時計の前。

 時間ギリギリ、何とか間に合った。

 背合わせに置かれたベンチに腰を掛ける。俺を向いている方のベンチが空いていてよかった。背が後ろに当たらないようだけ気をつける。


「んん゛っ」


 後ろから咳払いが聞こえてくる。俺が座るときにベンチが少し揺れたのが気に入らなかったのだろうか。そうだったら申し訳ない。

 まぁとりあえずスマホを弄って時間を潰す。家が近いので家の方で集合したかったのだが。「だめ!現地集合にして!!」だそうである。

 にしても。


「めっちゃ人多いな…」


 今日は日曜日。その事を考慮しても商業施設に入っていく人を絶えることがない。しかもよく見ると男女の二人組、いわゆるカップルが多かった。


「今日何があるんだよ。にしても歌乃はどこだ?」


「ここだよ」


 声が聞こえた。

 思わずベンチから立ち上がり声の出処を探す。

 しかし、見つからない。

 歌乃の背丈を考えたら歩いていたら目立つはず。

 まさか?

 後ろを振り返ると、先ほど咳払いをしたベンチのあるじが立ってこっちを見ていた。


「ねぇ。気付いてよ!」


 俺の方を向く歌乃美人は頬を膨らませ抗議する。

 眼の間に居る少女はいつものストリートファッションではなく、なんというかとても女の子らしい服を着ていた。

 残暑の日差しを避けるための少し大きな白い帽子。

 帽子から漏れるように靡く、白に映える空色の髪。

 いわゆるカジュアルドレスに身を包んだ少女は、背丈も相まってすごく大人っぽく見える。

 普段の雰囲気とは異なるが物凄く似合っている。

 

「なんで何にも喋らないの?ボ、ボクの恰好そんな変かな?」


 歌乃は帽子を少し動かして俺から視線を外す。

 動かした帽子を支える手が微かに震えていた。

 

「い、いや。いつもと雰囲気は違うけど、うん、いいと…思うよ」


「ふふっ!もぅ早く言ってよ!ボク緊張しちゃったじゃん!」


 先程の様子と異なり俺の背を一発バシッと叩き歌乃は笑う。

 うん雰囲気は違えどいつもの彼女である。


「それじゃいこっか!」


 歌乃は俺を先導するように前へ出る。

 そして少し間を開けて俺の方を見ずに言った。


「響くんも、いつもよりピシってしてて…と、とってもいいよ…」


 その消えそうな声は俺の心拍の速度を上げる。


 その後しばらく歌乃が俺の顔を見ることはなかった。

 でもそれはとても助かった。


――――――――――


「ふぅ、着いたよ!」


 目的地に着いたようだ。

 商業施設の一角に構えている喫茶店。

 既に多くの人で、いやカップルで行列が形成されていた。

 行列の外からでもよく見える喫茶店の壁には大きな垂れ幕が掲げられており、そこにはこう書かれていた。


【カップル限定スイーツビュッフェ!本日最終日!】


「嘘だろ…」


 正直に言おう。

 俺は甘いものが得意ではない。

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