第12話:はじめて?
「これに座ればいいんですか」
彼女の前にあるのは、木で作られ側面の一部に丸い穴が空いた長方形の箱のようなもの。何も知らない人が見ると小学校にある図工室の椅子にしか思えないそれは、ちゃんとした打楽器の一種である。
「そう、穴がある反対側の面を正面に向けて座って頂戴」
スタジオの棚からカホンを引っ張り出した俺は、負荷がかかっていた腰を伸ばしながら軽く指示する。
カホンはペルーで生まれた打楽器である。
木でできた椅子のような箱に跨り、その面を素手で叩くことで簡単に音を奏でることができる楽器。叩く位置、叩き方で音の高さを調節することができ、その音は木材特有の深く優しい音が鳴る。
そんな特徴からアコースティックギターを始めとしたアコースティック編成に多く採用される。そして、簡単に音が出せる手軽さと持ち運びやすさから人気もある楽器である。
「響、流石やな。カホンなら自由に音楽できるし、なにより後輩の前でおれに挽回のチャンスをくれるなんて」
パーカッションも守備範囲の律貴のテンションが上がっている。「彼女ほったらかし先輩のことなんかより!」この言葉が聞いてるんだろう。先輩としてのメンツは部活で何とかした方がいいと思うのだが。
「えぇ?先輩が教えるんですか?」
「そこまで嫌なんか…」
露骨に嫌な顔をされている。どんまい。
でも、これは教えるより実際にやってみる方が早い。
「とりあえず、俺達の演奏や歌に合わせて好きに叩いて」
「安心していいよ。入るタイミングは私が出すから。」
俺の言葉に、既にキーボードの音の調整をしていた琴が続ける。
俺がカホンを出すのを予想していたのだろう、キーボードの音は既にアコースティック編成に合わせた淡く落ち着いた音になっていた。
「じゃ!ボクは歌ってたらいいよね♪」
「は、はいぃぃぃ!!」
相変わらず歌乃には弱い様で。
ニコニコしながらマイクを持つ歌乃に対して、固まる少女。おいおい今から音楽を楽しんでもらうんだよ?
俺もギターを背負いチューニングをする。
落ち込んでいた律貴も気を振り絞ってベースを手に取る。
演奏する曲は皆が知る曲。
皆で歌えるような曲。
音楽をするにはもってこいの曲である。
俺のギターと琴のピアノで先陣を切る。
それを渋々追う律貴のベース。
そして琴がピンクの少女にアイコンタクトを送る。
『一緒に音楽しましょう』
ピンクの花が咲く。
音の花が咲く。
曲にリズムに合わせて彼女はカホンを叩く。
低い音、高い音、何も教えていないのだからバラバラなのは当たり前。
だけど音とリズムが合っている。
バラバラの音色で音楽する。
カホンを叩く少女が自然と笑顔になる。
その笑顔を絶やすまいと律貴のベースが足りない音を支える。
そして。
バラバラの音が重なり曲を奏で、仕上げを担当する少女が深く息を吸う。
歌乃が歌を咲かす。
音で咲いた
すごいな。歌乃の歌に飲まれずに叩き続けられるなんて。
俺達も楽しんでいたけど、笑顔より感心をしていた。俺も琴も律貴も。
もしかして?
――――――――――
「なにか音楽やってた?」
「えーっと。音楽というか…昔、親に連れられて和太鼓やってました。中学上がると同時に解散しちゃいましたけど…」
『『『だからかぁ』』』
その安定したリズム。楽器を弾いていた俺達の心の声が重なる。
「すっごーーーい!!!!ホントにすごいよ!ボクとっても歌いやすかった!」
歌乃は笑顔を弾けさせて喜ぶ。
その勢いのままカホンに跨るにいなさんに抱きついた。
「おっふ」
物凄い声を出しカホンの少女は呼吸を止めた。
正直おどろいた。和太鼓のおかげか打楽器としての基礎ができている。後は経験を積めば…
「ボク思ったんだけど!この子サポートメンバーに誘わない?」
俺が言おうとしていた事を歌乃が追い越す。
特に後1ヶ月というこの状況。
サポートメンバーは身近な人であればあるほど合わせやすくていいと思う。
「おれは良いと思うで。カホンなら教えられるし、なんなら後輩だし」
「えー、先輩がですか?」
「もう黙ってくれよ…」
律貴もこういうなら良いだろう。
「ねぇ!ボクと音楽やろうよ!」
「は、はい!喜んで!!」
俺が言う前に歌乃が言い切っちゃったがOK貰えたしいっか。
それじゃ最後に誘おうと思ってた人もこの場にいる事だし、声をかけようかな。
「なぁ、琴」
「ごめん。わたしは…やめておくよ」
想定外の言葉に俺は何も返す言葉が見つからなかった。
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