第11話:あい おぶざ すとーむ


「あー満足満足♪」


 ステージで二曲歌った歌乃は満足そうである。

 律貴がベースで全体のリズムを律してくれるのでギターとしてはとても有難い。そもそも俺が彼女を制御しきれていたら困らない話ではあるのだが。


 それでもやっぱりベースがいるとやりやすい、そう思っていると。


「ふぇ!?ちょ!ちょっと待って!」


 歌乃の声がした。

 思わず声の出処を確認する。

 そこには少し背の低い淡いピンクのポニテの少女に詰められている歌乃の姿があった。少女のポニテが元気よく跳ねているのに対し、歌乃のフードから零れる空色の髪がソワソワしている。

 彼女が何を言われているのかまでは此処まで聞こえてこないが、普段と立場が逆転している姿が珍しい。

 このまま放っておくのもイイかなと一瞬思ったが、後で面倒くさくなるのも嫌なのでそろそろ動こうと思う。


「ホントに!感動しました!音の取り方から、外さない音程!全てがパーフェクト!それにそれに、声の表現力!歌ってる時何考えているんですか?あぁ、質問何て烏滸おこがましい烏滸がましい……生意気でごめんなさい!アスファルトにでもなりますから許してください!!」


 なんだこのピンクの面白い生き物は。

 この感じどこかで見たことあるな。そうそう、この間の動画で見た小型犬に物凄い勢いで詰められる大型犬みたい。

 見てて面白い。

 やっぱり放っておこうかな。


「ちょっとマイバディ!!見てないで助けて!」


 バレました。

 段々と面白くなってきた俺の横を律貴が通り過ぎる。

 そしてポニテの少女の顔を見て何かを思い出したかのように声を漏らす。


「お前、三鼓みつづみ にいな?」


 まさかの律貴と知り合い!?


「え?ミー先輩の彼氏さん?何でここに居るんですか?」


 ミー先輩。律貴の彼女の愛称だろう。確か、律貴とその彼女は同じ弓道部所属だったはず。ということは。


「律貴、この子は?」


 一応確認のため。


「あぁ弓道部の後輩やで」

 

 やっぱり。

 そりゃこんなところ休日の駅前広場で先輩と会ったら驚くよな。

 

「彼女ほったらかし先輩のことなんかより!!私!歌声聞いてファンになっちゃいました!もー大好きです!!」


「彼女ほったらかし先輩!?」

「ファ、ファン!?だ、だ、だ、大好き!?」


 おい!2人死んだぞ。

 後輩にとんでもない呼び方をされた律貴は、身体が白く魂が抜けたかのように見え。

 普段と違い詰められた挙句、初のファン宣告と突然の告白を受けた歌乃は石のように固まった。

 

「そして、ぼさぼさした髪のギターさん!私に!音楽を教えてください!!」


「ぼ、ぼさぼさした髪!?」


 うっ、もっと髪の毛の手入れしておけば良かった…

 小型犬のような少女が繰り出す口の攻撃に三人がノックダウンする。


 その後、固まった三人を前にオロオロするポニテの少女を見かねた琴が助けたらしいが俺は良く知らない。


――――――――――


「失礼なこと言ってごめんなさい!皆さんが先輩ってこと知らなくて……」


 俺の家にある地下スタジオで元気のないポニテの少女が謝る。地下スタジオに流れるレコードの音楽が謝罪後の空気を繋ぐ。

 例の事件(?)後、兎にも角にも音楽に触れたい子を無下にするのは「すべての人が気軽に音楽を楽しめる場」を掲げるイベント的にも良くないということで、色々と楽器が揃っているうちのスタジオに来たわけだが。

 俺たちの自己紹介と関係性を知った途端にこうである。ちなみにこの謝罪は既に5回目。


「もうええやん謝らんでも」


「ミー先輩を大切にしない人には謝ってません!」


「た、大切にしてるやん…」


 相変わらず、にいなさんは律貴に厳しいようで。

 そんな彼女のこと放置しているようには思わないが弓道部ではそう言った認識なのだろう。


「ま、律貴が悪いんじゃないですか?」


「琴までいじめやんでくれ……」


 初対面の人然り、まだ慣れない歌乃がいるため委員長モードを突き通す琴は、俺が淹れてきたお茶の配膳を手伝いながら容赦なく律貴を刺す。

 あれ?律貴って俺より身長あったはずだよな。こんな小さかったっけ……

 琴はイベントの仕事が残っていたが俺達があまりにも頼りない様でついてきてくれた。おそらく後で「貸しね?」って言われるのだろうが今は気にしないでおこう。


「その辺しといてさ!ボクは何も気にしてないよ!このソファ気持ちいいから一緒に座らない♪」


「ひぃ!有難き幸せぇ」


 歌乃がにいなさんの腰を自分の方へ引き横に座らせた。

 律貴に対してのさっきまでの勢いは撃沈し、彼女は歌乃の横で人形のようになる。

 リラックスするはずのソファで一人固まっているがそれでいいのだろうか。


 まぁ大切なことはこれじゃない。


「何から始めようか…」


 俺は今回の議題を呟く。

 音楽を教える。簡単に言う事は出来るがあまりにも多様過ぎる。

 俺や律貴が触る弦楽器は楽しくなってくるまでに時間がかかる。

 琴のようなキーボード、ピアノも同じく。

 悩む、悩む。


 そんな時、地下スタジオに流れるレコードの音に対して太もも軽く叩きリズムを取る歌乃の姿が眼に入る。


 これだ。

 これなら皆と一緒に音楽ができる。

 しかも複雑な技術じゃなくて己の感性で楽しめる。

 これしかない!


「にいなさん」


「は、はい!」


「とりあえず触ってみようか」

 

 

 

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