第9話:ボクの音が制する路上

 俺の音が創る不思議なマジックスラム奏法は道行く人の心をガッツリと掴んでいた。


「電車来るまで聞いていこうよ!」

「うちも同じこと思ってた!」

「そういえば、置いてあるマイクはいつ使うんだろうね?」


 俺の元まで届く声。

 彼らの空き時間。その時間を音で埋める。いや、音が繋ぐ。

 だが、この音がただの前座に過ぎないという事を彼らは知らない。

 マイクスタンドに置かれた武器マイクあるじを知らない。

 全てを包み込む、あの声を知らない。


「こんなもんだな」


 俺はマジックスラム奏法を使った演奏を終える。集まった観客は、まるで魔法が解けたかのように顔を見合わせる。そして、何人かのサラリーマンらしき人が前に置かれた缶にチップ投げ銭を入れて去っていく。

 観客が余韻に浸るその光景がたまらなく好きだ。


 普段はこの時間を楽しみながら次の準備をするのだが、今日は違う。俺の後ろにある柱から、待ち遠しそうに覗く相棒歌乃がいる。俺が振り向く時に隠れてはいるがウサギのフードで最後まで隠れ切れていない。


 ギターをギターOvationに切り替える。

 シールドケーブルの差し替えの最中。柱から覗く、猫を抱くウサギと眼があう。

(はじめるぞ)

 口の動きだけで相棒歌乃に伝えようとする。

 それを見た彼女は胸に抱く猫と一瞬目を合わせ、直ぐにパーッと笑顔になった。

 猫を下ろし、歌乃が俺の方にやってくる。

 集まった観客は、突然現れた二人目に少し騒めく。


「ようやく、ボクの出番だね?」


「思い切りやっていいぞ」


「いいの?また君、出遅れない?」


「なめんなよ?」


 歌乃はクスッと笑った後、マイクをスタンドから取り深呼吸してスイッチを入れる。

 その様子を見た俺も深呼吸し、スイッチを深く入れ直す。今度は置いて行かれないように。

 アイコンタクトを交わす。


『いつでもどーぞ』

『ボクはいつかかってきてもらって良いよ♪』


 今回の曲は今流行の曲。観客の層若い人達の好みを加味した選曲だった。

 流行りの依頼が多いミライズ広場で弾きなれた曲でもあるため、俺は何の躊躇いもなくイントロを奏で始める。

 

 掴みの音を逃さぬよう丁寧に、そして綺麗にイントロを奏でる。

 歌乃の顔は見えないがきっと『もっとかかってきてよ』と思っているかもしれない。だけど、我慢してほしい。この時間ときが後に歌を映えさせるから。


スゥ


 マイクがブレスを拾う。 

 直後、彼女から発せられる歌声が聞く人全ての心を支配した。


――――――――――

side:深坂 琴


深坂みさかさん、今日の委員会もありがとう!」


「いえいえ先輩、わたしの方こそ何時もありがとうございます」


「それに駅までの帰り道、話し相手になってくれるなんてありがとう!でも深坂さんって電車使わないのに、私と来て本当に良かったの?」


「大丈夫ですよ先輩。わたしも方角は一緒ですから」


 わたしは委員会の活動を終え、黒い外はねのボブが特徴の先輩と話しをしていた。歩くわたし達が駅の近くまで来た時、風に乗った歌声とギターの音が届く。


「えっ!?深坂さん!誰かが歌ってるよ!しかも、すっごく上手!聞きに行きましょっ!」


「え?は、はい!」

(でも、この声って…………しかもこのギターって)


 音と記憶が絡むわたしを他所に、先輩はあたしの手を取って音の出処へ走る。

 駅前のロータリー、先輩と別れるはずだった場所に人が集まっていた。その中心には、楽しそうにギターを弾く青年と、その彼より楽しそうに歌う少女がいた。二人とも顔は良く見えないが、弾く仕草、歌う仕草から音楽を心の底から楽しんでいるのが伝わる。

(あぁ、やっぱり)

 既に心を掴まれている先輩を他所に心の声が漏れる。

(いいなぁ)

 発される事のない声は心の海底に沈んでいく。

(わたしも……)


――――――――――


「おぉっ!これは凄いね!」


「俺もこんなに貰ったの初めてだ……」


 俺たちは重くなった缶を眺め、時には持ってみて成果チップを身をもって体感する。


「ボク達、お金持ちみたいだね?」


「無駄遣いはやめろよ?」


「もちろん♪」


 缶に入ったお金を二人で山分けをする。分けても今までの路上ライブと同じくらいあるから驚きだ。

 空も暗くなり、さぁ帰ろうかというとき。

 俺達二人の前に一人の男が立っていた。


「君たち、ライブハウスで演奏しない?」


「「え?」」


 

 

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