第8話:ギターを叩くってどういう意味?

 路上ライブを行う申請をした場所にやってきた。

 此処はミライズ広場のある駅、その反対出口にあるロータリー近くの柱。

 時刻は夕方に差し掛かる頃、始業式終わりから部活をしていたと思われる学生の団体を始めとし、仕事帰りの人など、それなりの人で賑わいを見せていた。中には彼らに馴染みがある高校の制服もちらほら。


 俺は柱の前に、背負っていた大きなリュックを下ろす。

 リュックを地面に置いた際に発生した「ズシっ」と擦れる音が重さを物語っていた。此処まで徒歩で10分、近いと言えばそうかも知れない。だが15キロ近いリュックと空から突き刺す残暑が過酷な道のりにしていた。

 

「あっちぃ……」


 リュックからタオルと飲み物を取り出し、少し休憩する。

 それにしても、俺のギターを2背負った少女相棒はというと。


「ニャーオ?ニャニャ―?」


 野良猫と楽しそうに遊んでいた。

 此処に来るまでも「フーン、フフーン♪」と鼻歌を奏でたり、歩きながらもリズムを刻んでいたりとご機嫌なのが伺える。


 彼女を気遣って帽子を家から持ってこさせたり、途中休憩させたりと暑さ対策はしていたが、それでも元気すぎる。それにいくら機材を持っていないとはいえ、エレクトリックアコースティックギター通称エレアコを2本背負うのはそれなりに重いはず。そのスタミナを俺にも分けて欲しい。


 そんなことを考えている間に機材の準備はかなり進んでいた。

 ボールほどの大きさのミニアンプスピーカー

 折り畳みの椅子。

 マイクスタンドとギタースタンド。

 アンプに繋ぐシールドケーブルたち。


「危ない危ない、忘れるとこだった」


コンっ


 最後にチップ用の缶。


 何時でも路上ライブが出来るところまで準備を終えた俺は大きく伸びをする。

 此処まで背負ってきたリュックと準備で俺の腰は、悲鳴とまではいかないが泣きそうになっていた。


トントン


 後ろから肩が叩かれる。

 まぁ犯人は一人しかないだろう。


「歌乃、ちょうどいいタイミンg!?」

 

 犯人のいる方へ顔を向けた時、俺の顔は最後まで振り向くことができず途中で何かに止められる。

 一瞬、驚きはしたが彼女らしい悪戯だと思い、少し呆れながら改めて犯人を視界に捉えようとする。


「え?」


ミャーォ


 猫が居た。

 眼がクリクリとした白い猫がいた。

 なんと俺の頬を止めたのは猫であった。


「アハハッ、驚いたでしょ?」


 犯人を抱いた真犯人歌乃がようやく顔を見せる。


「歌乃、ギター頂戴?」


「ちょっと!無視は酷くない!?」ミャー


 歌乃の抗議に彼女が抱いてる猫が応える。

 

「君もそう思うよね?ミャー子?」ミャー


 猫と茶番を繰り広げながらも、背負っていたギター2本を下ろして俺に預ける。にしても何時の間に名前を付けたのだろうか・・・。

 彼女の様子を見て大事なことを思い出す。


「そういえば、今からは帽子の上にフードを被って外さないようにね。」


「え?ニャンで?」ミャ?


 この二人、いや一人と一匹で組んだ方が良くないか?


「いや、同じ高校っぽい人もいるし。それに……目立つから。」


「なんで、目立つのニャ?」ミャミャ?


「それは・・・・。」


 美人だから。

 厚底靴の影響もあるが身長175㎝の俺とさほど変わらない背丈、整った顔立ち、綺麗な髪。これで目立たないわけがなかった。

 だけど、こんなこと本人の前では死んでも言えない。

『あっちでは普通だよ?』

 さっきのことがフラッシュバックし頬が焼ける。

 あ、ダメだ、此の無言はダメだ。


「ははっ、やっぱり君。可愛いね?」


「っ//……やめてくれ」


「あー満足満足っ♪まぁ、ヘンに目立つと確かに面倒だもんね。んで、ボクはもう歌う準備とかした方がいい?」


 俺の焼けた頬を楽しんだ歌乃は、帽子の上から黒兎のフードを深く被る。身長は誤魔化せないが、顔と髪はある程度隠せるだろう。これで飛咲ひさき 歌乃かのと瞬時にバレることはないはずだ。


「いや、まだ猫と遊んでていいよ。始めは、俺が


「叩く?」ミャー?


 猫と一緒に首をかしげる歌乃を他所に、響はギターを準備を始めていた。


――――――――――


「今日も疲れたなぁ」

「ほんまやで、あの部長やばいで」


 仕事帰りの男性サラリーマン二人が、バスから降りてロータリーの沿道を歩いていた。

 そんな彼らの耳に低く優しいリズムが届く。


ズンッ、ズンッ、ズンッ

 

「なんやこの音?ドラマーが路上でもしてんか?」


「いや、これはドラムじゃない……もしかして!」 


 男たちが音の出所の方向を視る。

 そこには既に物珍しそうに眺める十数人程度の人に囲まれ、ギターを青年の姿があった。

 少し変わった光景に思わず吸い寄せられる。


 深く帽子を被り表情が見えない青年は、一定のリズムをギターのボディで刻む。

 その光景に人が集まり始めたのを一瞥いちべつし、己のスイッチを入れる。


 

 ギターのボディを叩くリズムは変わらず、叩く間に弦を弾く。それを可能とする手は、まるで弦の上で踊っているかのようであった。

 優しく力強い音のリズムに、弦から放たれる細くも芯のあるメロディーの音が六本の束となって絡み合う。


 その音色は観る人、聞く人の心を掴んで離さない。

 

「間違いない、これはスラム奏法だ!」

「お前、どうしたんや急に?」


 引き寄せられたサラリーマン二人組のうち一人が呟く。驚く相方を他所に言葉を続ける。

 

「ギターのボディを打楽器として扱い、リズムを取りながら演奏する奏法で、叩きつけるという意味の英語であるSLAMが名前の由来なんだ。この奏法を行うと一人で演奏しているとは思えないほど多彩な音を生み出せる。しかも他の奏法も合わせている。なによりあの子、弦から奏でる音色にブレがない。相当な実力者だと思うぞ」


「せやから、どうしたんや急に?」


「わりぃ、なんか身体が勝手に……。実家がライブハウスやってるから音楽に敏感なのかも?」


「いや、それでもおかしいやろ!」


 相方に突っ込まれたサラリーマンの男は首を傾げることしかできなかった。


――――――――――


 やっぱり人を集めるにはこの奏法スラム奏法に限ると改めて思った。

 普段のギターOvationではサウンドホールの関係で使えない奏法。そのための2本目のギター。

 この人の集まりを見ると、歌乃に背負って来てもらって正解だったと確信する。

 まぁ、頑張るけどね?



 素顔の見えない青年がギアを上げる。

 奏でる音は。

 速く。

 強く。

 低く。

 細く。

 美しい。

 複雑に絡み合う音。

 その音の数が一人の青年を幾つもの姿へ錯覚させる。

 この音が届く限り、此のマジックは終わらない。



 青年が演奏する柱の裏に白猫を抱く黒兎が体育座りをしている。


「やっぱ、君は最高の相棒だね!」ミャーォ?


 首を傾げる猫に対して、ウサギは満足そうに笑みを浮かべていた。


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