第2話:喰っちゃうよ?
一体どうすればいいんだ。
俺の心を掻き混ぜる、目の前に居るのは何者なんだ?
深くかぶったフードのせいで響からは詳しい表情は見えない。だが、彼女は間違いなく笑っていた。これだけは、響も分かっていた。
「ねねッ!返事、聞かせてよ?」
「返事って言われても、そもそも誰だよ?」
「えへへ、そうだね、自己紹介がまだだったね。ボクの名前は……」
フードを被った彼女が自己紹介をしようとした時、イベントの受付から拡声器で呼び出しがかかる。
『
え!ださっ!?
思わず心の中で叫んでしまった。
「あ!ボクの番だ!君に伴奏を頼みたいんだ。さぁ、君も一緒に行くよ!」
「え!?おい聞いてないって!何の曲も分からねぇのに!!」
「大丈夫、大丈夫!君にしかできない曲だから!」
戸惑いと驚きに呆ける俺の腕を引き寄せ、自身の腕で組み受付の方へ強引に引っ張っていった。
「ん゛ッ!?」
「ん?どしたの?」
「い、いや、何でもない……」
恐らく無意識なのだろうが、彼女の女性らしさを感じられる部分に俺の腕が当たっており、思わず顔を空に向け冷静さを保とうと必死になる。
とは言え、俺にしかできない曲って何だろうか?
受付に着くと、琴が知らない女と腕を組んでいる俺の状況を見て、一瞬驚くような表情し、直ぐに睨みをきかせて声を飛ばしてきた。
「響?これは一体どういう状況?」
「い、いや、俺も分からない……」
「はぁ、詳しくは後で問いただすとして。…はい、これが演奏する曲ね」
珍しく曲名を見せるのに躊躇する琴に疑問を持ちながら受付のに書かれたものを視る。
あぁ、納得した。琴の様子、何故知っているのか分からないが少女の言動、全てが繋がる。
父達の曲だ。
しかも最もヒットした曲だ。
そして、一番難しい曲だ。
彼女の言った「君にしかできない曲」ってのは間違いじゃなかった。
この広場でこの曲を完璧に弾けるのは俺しかいない。この場で一番ギターが上手いと自負すらできる。それに、皆も
だが、それはギタリストだけではなく…。
曲名を視て一瞬固まる響を確認し、琴が声をかける。
「響なら……できるでしょ?」
「ま、まぁね」
「それじゃよろしくね。後、これ、日が強くなってきたからスタッフ用の帽子あげる」
「ん、サンキュー」
「え!?ボクも欲しいな!帽子!」
「「いや、フード被ってるでしょ」」
「あははー、そうだね!」
本当に一体何者なのだろうか、この生き物は。
思わず思ってしまった。
一息つき、俺はいつものルーティーンを終える。琴から貰った帽子を深く被って前の奏者がステージから降りるのを待つ。
ふと、次のステージ
前のステージが終わる。伴奏をしていたコウおじさんが最後にステージから降り、いつものように、その太い腕で俺の背中をステージの方へ軽く押し「がんばれよ」と俺にアイコンタクトを送った。
それを受け、俺たちもステージへ上がる。
俺は、先ほど演奏した感覚がまだ残っていたこともあり指は良く動く、準備は出来ていた。何なら調子がいいまである。たとえ父の曲であっても何も問題ない。
しかし、この曲が難しいのはギターだけではない。
歌える人が居ないのである。
始まりはアカペラ、後から一本のギターが伴奏として追いかける。そして、その伴奏もメロディーから離れてソロのようになる所も多々あるため、とにかく音程が取りづらい。歌詞の流れも速く音の上下も激しい。もちろん転調もある。
ざっと表しただけでも難しさが伝わるだろうか。
つまり、この曲を歌いきるためには音程の完コピはもちろん、バディとなるギタリストとの阿吽の呼吸が求められるのだ。以前にも何人か挑戦する人もいたが
本当に歌えるのだろうか。
俺はそんな疑念を持ったまま、マイクの前に立つ少女に「いつでもどうぞ」とアイコンタクトを送った。
フードでよく見えなかったが少女はニヤッと笑い、マイクを手に取った。
そして。
――――――――――
あなたは、目の前で本当に歌が上手い人を視て、聞いたことがありますか?
テレビ、ライブ、動画、確かに上手い人はいます。だけど、それは上手いと分かっている上で聞いているものです。
何気ない日常、いつもの生活中、ただ待ち合わせしているだけ。
そんな時、突如として聞こえてきたらどうなると思いますか?
――――――――――
「え!?上手くね?」
「プロの人かなぁ」
「うわぁ綺麗な歌声ー」
「これって確かエアプライズの曲だよね」
「聞いていこうかしら」
「なつかしい曲だなぁ」
ステージ上の俺にまで歌声に消されなかった声がザワザワと届く
駅に居た人。待ち合わせ中の人。部活終わりの学生たち。買い物帰りの主婦。
少女の歌声に魅入られた人々が、続々とミライズ広場に集まり始めていた。
数々の歌を聞いてきたイベントのスタッフたちまでもが少女の歌声に、行っていた作業の手を止めて聞き入ってしまっていた。
琴も、更に父達を良く知るコウおじさんまでもが思わず手を止めていた。
それはステージにいる俺も例外ではなかった。
「す、すげぇ……」
父達の曲をここまで歌えるなんて。
初めてかもしれない、ステージ上で
しかし、これがステージにおいて俺の生まれて初めてとなるミスを生んだ。
「あッ!?ヤッバイ!」
僅かなミス。おそらく歌声に惹かれて来た人たちには気付かれていないようなミス。
音楽に詳しく、また長く此処のイベントに携わった人、エアプライズの曲を良く知る者だけが分かるミス。
「おい琴!気付いたか?」
「う、うん気付いたよお父さん。今、伴奏の入るタイミングが少しだけ遅かった、あの響が……」
アカペラを追いかけるように入る伴奏。このタイミングが、ほんの少し遅かったのである。ギタリストは決して慢心してはいなかった。
ただ、少女の歌に圧倒されていたのだ。
幸い、演奏中に立て直しができるミスではあるが流石の俺も戸惑いを隠せない。伴奏をしながら、椅子から立ち上がり気を締め直す。
主役の面を汚してはいけない。
主役のために完璧でなければならない。
自分に呪いのように言い聞かせる。
俺は目立ってはいけない。俺は目立ってはいけない。俺は目立ってはいけない。
そんな最中、少女が振り向く。もちろん歌いながら。
まだ他を視るほどの余裕がある彼女の様子。俺は信じられなかった。
フードで隠れていた少女の目元が見える。
空色の髪がチラつくその奥、綺麗なブラウンの瞳が俺を見ている。
言葉はないが彼女は俺に瞳で語る。
『ねぇねぇ、いつまでそんな演奏しているつもり?本当の君を早く魅せてよ。そう
じゃないと……』
『このまま君の音、ボクが全部喰っちゃうよ?』
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