1章:音が紡ぐ二人
第1話:やっと見つけた!
「おい!ボーカルのオレを差し置いて、何目立ってんだよ!この動画はなんだ!?早く消せよ!」
「なんでだよ!俺のギターが欲しかったんじゃないのかよ!」
「うるせぇ!人に合わせられない人間なんか軽音部は要らねぇんだよ!一人でやってろ!」
「くッ……」
(だったら、俺の横に立てるぐらい上手くなれよ)
入部二週間で俺は軽音部を辞めた。いや、辞めさせられた。誰かと音楽をやるということは、誰かに合わせないといけないという事を思い知らされた出来事だった。
「合わせられない人間は要らない」心に刺さったこの言葉、それはそうだろう。誰かと音楽するなら当たり前だ。だが、自分が気を使って弾き続ける音楽に意味はあるのだろうか。
父の悲願を叶える。ギターしかない俺が、持つ夢。叶えるためには横に立つ
俺がこの夢を語れなくなったのはいつからだろうか。本気の瞬間に口に出せない夢なんて本当に夢なのだろうか。
妄想なのだろうか。
――――――――――
「起ーきーろー!ひーびーきー!」
「ッ!?痛っ、気持ちよく寝てたのに起こすなよ、委員長」
「ここでは委員長って呼ばないでって言ってるでしょ!出番が来たから、お父さんに代わって呼びに来たの!」
「わかったから、
盆を過ぎた夏の日差しを避け、駅前広場「ミライズ広場」の日陰にあるベンチで昼寝をしていた俺、
ペシぺシと叩く琴に急かされ、寝ていたベンチに立てかけていた
「響!起きたか、琴を向かわせて正解だったな」
「コウおじさん、お待たせ。おかげさまで琴に叩き起こされたよ。この時間に俺が出番ってことはオープンマイクでの指名?」
「その通りだ。曲は先週と同じらしい。準備をしてくれ」
「あいよ、了解」
俺は普段おろしている前髪をかきあげ、大きく深呼吸。演奏前に行ういつものルーティーンだ。
ステージ横に向かい、ギターを肩にかける。飛び入りしてきたボーカルの希望した曲に合わせるため、ギターのペグを回しチューニングを行う。
慣れたいつもの動き、いつも通りの準備を進めていく。
オープンマイクイベント。ライブを行える場にて行われる飛び入り参加可能のイベントの事である。
ここミライズ広場では父達が大学生の時に週末に集まって路上ライブを始め、そこから「すべての人が気軽に音楽を楽しめる場を」という目標を立てて始まったのが「ミライズ・ストリートマイク」というイベントである。
俺や琴は小さいときからイベントに入り浸り、高校生になった去年から二人とも伴奏スタッフとして飛び入りで歌を歌う人のサポートを行っている。だから、このイベントのスタッフたち全員が気の知れた身内だった。
「おい!」
俺が準備を終え、ステージに上がろうとした時、後ろから声がかかる。
振り返ると、イベントの主催をする筋骨隆々な身体が目立つ琴の父、深坂
「楽しめよ」
その言葉に返すかのように俺は会釈し、再びステージに上がる。
ステージには既に、俺を指名したと思われる中学生ぐらいの女性二人組が待っていた。
「響さん!今日も伴奏よろしくお願いします!」
「お願いします!」
「礼なんていいよ。俺は此処の伴奏者だから・・・とりあえず始めようか」
「「はい!!」」
ステージ置かれたマイク、そのマイクを挟むかのように彼女たちは立つ。俺はその斜め後ろに置かれた椅子に腰を掛け足を組み、できた脚の山にギターを乗せる。愛用するギター、Ovationの特徴である重なった枯葉のような模様に空いたサウンドホールを、広場に置かれた簡易ベンチにちらほら座る人たちに向くように調節をする。
弦に差し込んでおいたピックを取り出す。
そして顔を上げ、
彼女たちのOKサインを確認し伴奏を始める。
さあ、気持ちよく歌ってくださいね
と。
響のギターから流れる音が、彼女たちの歌声を拾い曲を創り出す。
音の重なり、二人それぞれの歌い出しでの溜め、間奏でのアイコンタクト。
全てが完璧である。
そして、何と言っても。
その伴奏は決して強くは主張せず、ボーカルの歌声を下から支えるような優しさが籠った音であり、良くも悪くも個性を感じさせないような演奏であった。
――――――――――
「お父さん、やっぱり響の伴奏は凄いね」
「琴、どうしたんだ今更?響よりギターが上手い奴なんて滅多に見かけないだろう。流石、あいつの息子だな」
「うん、そうだね」
(だけど……)
琴は知っている。彼の本当の演奏はこうじゃ無い。
(もし私が響の隣に立てるぐらい、歌が上手かったら……)
声にならぬ少女の願いが心の海底に深く沈んでいった。
――――――――――
「起ーきーろー!ひーびーきー!」
改札を潜り、懐かしい土地を踏みして駅を出た少女の耳に聞き流せない言葉が入る。
「ひびき?……ッ!空奏 響!?」
肩まで伸びた夏空のような透き通った色の髪を揺らし、少女は吸い込まれるかのようにミライズ広場に足を踏み入れていった。
演奏が始まり、広場の簡易ベンチの一角に座った彼女はステージから流れる音に対して少し首を傾げる。
(あれれ?やっと見つけたと思ったのに、ボクの知ってる音じゃない・・・しかも何か)
「なんで君は苦しんでいるの?」
空色の少女はステージにいる黒のギタリストを視て、思わず虚空に問いかけた。
当たり前だが、問いの返答は返って来ずに声だけが夏空に溶けていく。
「ま、いっか。今度はボクの番ってことにしよう!そうしよう!!そうと決まれば、早速ボクも受付に行かなきゃね。」
少女は空色の髪を隠すかのように着ていた白いパーカーのフードを被る。
そして、何かの力に背を押されるかのように受付へと向かっていった。
――――――――――
「「伴奏ありがとうございました!!」」
「こちらこそ、またよろしくね」
礼を言った幼さが残る少女二人はキャッキャッしながらステージを駆け下りていく。
あそこまで満足してもらえたなら伴奏者として本望だろう。きっと。
これでいいんだろう。きっと。
俺は元々昼寝していた日陰のベンチへ向かい、心のささくれが絡む脚を動かしていた。
しかし、いざベンチに辿り着くと俺がステージに上がっている間に先客が入っていた。
まだまだ日陰のベンチはある。他を探そうと踵を返すと、後ろから肩を叩かれる。振り返ると、俺より少し身長が低いぐらいの白いフードを被った先客が立っていた。
「さっきのステージ聞いてたよ。あれ、本当の君じゃないよね?」
「なッ、何を言ってるんだ?」
彼女の言っている意味が分からない。本当の俺ってなんだ?さっき俺は伴奏者として正解の演奏した。間違いない。間違いない・・・はずだ。
「ボクならきっと答えられるよ?だから……」
心の中で絡む戸惑いを消化しきれていない俺の前で少女の口角が上がる。
「ねぇ君さ、ボクとユニット組まない?」
「………へ?」
「だーかーら!ボクのバディになってよ!」
そう告げ、手を伸ばす少女。
唐突過ぎる展開に黒髪のギタリストは、大きく口を開けた状態で固まってしまった。
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