第3話

(やだ、もう。ぐるじい……)

 どんな意図か知らないが、またしてもアリスは攫われた。

 ヨキアムもヨキアムだ。

 簡単にアリスをこんな男に渡すなんて。

 どうにかして逃げようとアリスは羽をばたつかせるが、先生はびくともしない。

「暴れないで、文鳥。羽が傷つく」

 先生の言葉に、アリスはぴたりと動きを止める。

「なんて言っても、言葉は通じないか」

 そうだった、通じちゃだめなんだ。

 アリスは羽が傷つかない程度に、もう一度バタバタしてみる。

「鳥籠がいるな。生物室に寄るか」

 籠は簡単に見つかったようで、アリスはすぐにそこに入れられた。

 籠には止まり木があった。アリスはぱっと飛び、その細い木を掴んだ。

 そして、はふはふと、息を吸う。

(鳥籠に入れたってことは、とりあえず殺されることはなさそう?)

 そんなことを考えているうちに、先生は教員用の宿舎へ向かい、その中の一室へと入った。


 先生が、アリスの入った鳥籠をソファーの前のテーブルに載せた。

 視線を感じて見上げると、先生もじっとアリスを見下ろしている。

「食べる」

(食べる? なにを? もしかして、わたしを~~~!!!)

「食べるものといえば……そうか。ジンジャービスケットか」

 先生は持っていた缶からビスケットを出すと、籠の隙間から押し込んで入れた。

 ぼとり、と籠にビスケットが落ちる。

(食べるって、そういう意味?)

 ほっとしつつも、鳥籠の中に入れられたビスケットを見て、アリスはもやもやとした。

(ビスケットの渡し方に、愛情がない)

 レイモンドだったら、こんな風にしない。

 それに、レイモンドから言われたのだ。


 ――「ヨキアムさん以外の人からビスケットをもらうんじゃないぞ」


 このビスケットを作ったのはヨキアムだけれど、それでもアリスは食べない。

(レイモンド様……)

 レイモンドを想い、アリスの瞳にじわっと涙が……浮かばない。

 文鳥にも涙腺はあるけれど、人とは違うようなのだ。

 それに、泣くのはあとだ。

 冷静になって、今度こそ自力で逃げよう。

 先生はレイモンドのことを「レイモンド王子」と呼んでいた。

 王子じゃないレイモンドを、「王子」呼びする人は、腹に一物ある人だ。

 無性に腹がたってきたアリスは、低い唸り声を出し、先生を威嚇する。

 けれど、先生はそんなアリスの怒りなど気にも留めずに、ソファーへと座った。


「おまえさん、どうしてジンジャービスケットが好きなんだい?」

「はっ?」

「ん?」


 思わず出てしまったアリスの素の声に、先生がきょろきょろとしだす。

「誰かの声がしたような?」

 ピピピピピ ピーピピ

 誤魔化すように、アリスは囀る。

 危なかった。

 いきなり話しかけられたせいで、ナチュラルに答えてしまった。


「まぁ、いいや。ごめんな、おまえさんに、罪はないんだ。実は、俺は姉を探していてね。その鍵が、レイモンド王子の母上であるビクトリア様に関係あるのではないかと思っていて。そうしたら、レイモンド王子の愛鳥がジンジャービスケットを好きだというだろう。ジンジャービスケットは、俺と姉が好きだった菓子だったから。なんていうかね」


 男性が帽子を脱ぎ、色つきのトンボ眼鏡を外す。

 アリスの視線の先にいるのは、アリスと同じ白銀の髪に緑の瞳をした一人の男性だ。

 その人は、アリスをじっと見ると

「アリス姉さん……」

 そう、苦し気につぶやいた。


(ちょっと、待って。この日に焼けたボタン二つ開けの破廉恥男は……。もしかして、もしかすると)


「アリス姉さん、会いたいよ。会って『ノア』って呼んでほしいよ」


(うわっ、やだ、ノア? この子、わたしの弟だ!!)

 九年振りに会う弟との残念な再会に動揺したアリスは、止まり木から足を踏み外し、そのまま落下した。


 ◆


 ヨキアムのところに文鳥を迎えに行ったレイモンドは、そのままの足でノア・ウイスランドの部屋に向かっていた。

 教員宿舎一階の右から二番目。

 ヨキアムから聞き出したウイスランドの部屋に向かいながら、レイモンドは今まで習った実践魔法を確認する。

(火は使える。土も。水も大丈夫だ。では、どれで向かうか)

 ノア・ウイスランドは、魔法学院の教師だ。

 どの教科の担当かは知らないが、当然、レイモンドよりも魔法の力は上であるだろう。

 そんな相手に勝つ方法は。

(考えろ、落ち着け)

 自分にできること。

 走る。

 武術。

 魔法。

 文鳥を助けることに全神経を向けていくうちに、レイモンドは、自分が鋭く細い刃物にでもなったような感覚に陥った。

 五感が研ぎ澄まされ、もはや、肉体などないかのようだ。

 目当ての部屋の前に、レイモンドはすっと立った。

 ドアノブに手を置くと、不思議なことに手のひらで感じた錠の映像が頭に浮かんだ。

(鍵はかかって、ない?)

 不用心だと、口元に笑みが浮かぶ。


 ――「そんなに、危険なのですか?」


 ふいに、レイモンドの思考に文鳥の声が入って来た。

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