第9話 ついに魔王との勝負!真の実力はこんなものじゃない!?



 それは、突拍子もなくオレの耳に届いた。

 声をかけられるまで全然気配に気付けなかった事に驚きつつ、オレは未だ薄闇に包まれたままの通路の奥を見た。

 そしてそれは、忽然と正体を現した。

「ポタージュもビシソワーズも、このが認めるほど手練れであったのだが……なるほど。人間にしてはなかなか腕の立つ者が現れたようだ」

 見た目の印象は、とにかく黒くてデカいの一言に尽きる感じだった。

 デカい椅子に座っているから正確な高さはわからないけど、それでもオレの身長よりも十倍は大きい。

 全身は黒いマントに包まれていて、顔は両耳の辺りに太くて長い角が生えたドクロみたいな形になっていた。

「おー。これが魔王かー。初めて会ったけど、確かにこいつは強そうだなあ」

 まだ手合わせすらしていないけど、こいつが放っている気の力だけで直感的にわかる。

 こいつは今まで戦ってきた魔族の中でも、ダントツに強いと。

「うーん。こいつとの相手はちーっとばかし骨が折れそうだなあ。危そうだから、ルルアは一応奥に下がっておいたいいぞー。……って、ルルア?」

 なんでか返事がなかったので、隣りを振り向いてみると、ルルアが怯えた顔で尻餅を付いていた。

「こ、これが魔王……っ」

 引き攣った顔でルルアが呟く。

 眼を剥きながら、ガクガクと震える体を必死に抱きしめて。

 ありゃりゃ。すっかり魔王の威容に呑まれちゃってるな。

 まあ無理もないかー。雰囲気からして、これまでのやつとは段違いに凄みがあるもんな。オレもこんなに肌がピリピリする感覚は久々だし。

「ほほー。そこの間抜けそうな人間と違い、そこの娘はジャガ様の恐ろしさをちゃんと認識できているようですねぇ」

 と、さっきまで椅子の陰にでも隠れていたのか、魔王の横からひょっこりと紫色のローブを着た背の低いトカゲみたいなやつが出てきた。

 うん。ほんと低い。ルルアより低い。横にいる魔王と比べると豆粒サイズに見えてくる。

「ひょっほっほっ。ひとりは魔王様の恐ろしさもわからない愚鈍に、もうひとりは腰を抜かしたままの腑抜けですか。これは勝ったも同然ですねぇ」

「おー。まだ戦ってもいないのにずいぶんと威勢がいいなあ、あのトカゲ」

「だ、だれがトカゲですか! 魔王様の右腕にして参謀役であるこのサラダに対して!」

「あ、ちゃんと名前があったのか。てっきり魔王のペットかと思ったぞ」

「ペ、ペット!? お、おのれ……人間風情がワタシを愚弄するとは……!」

「落ち着け、サラダよ」

 と。

 魔王が鷹揚に頬杖を突きながら、憤慨するトカゲを静かに諌める。

「あやつのペースに呑まれるな。そしてあやつを侮るな。貴様にはわからぬだろうが、あの男、相当な実力を持っておるぞ。ポタージュやビシソワーズを相手に本気すら出しておらぬくらいにな」

「まだ本気を出していない……? あのいかにも鈍臭そうな顔をした男が、ですか……?」

 トカゲが慄いた表情でオレに目を向ける。今の魔王の一言で、評価を改めたようだ。

 なかなかやるな魔王。オレの動きをちょっと見ただけで本気だったかどうかまで見破るなんて、やっぱ一筋縄ではいかなさそうだ。

「おいルルア。大丈夫か?」

 とりあえず、まだ腰を抜かしたまま呆然としているルルアに声をかける。

 いざという時はすぐにでも逃げてもらわないといけないからな。座ったままではオレもやりづらくなってしまう。

「立てないなら、ひとまず扉の向こうまでオレが運んでやろうか?」

「い、いえ! 大丈夫です立てます! ご心配をかけて申しわけありません!」

 ハッとした顔で慌てて立ち上がるルルアを確認したあと、オレは改めて構えを取る。

「ソ、ソラさんが初めて構えを取った……。やはりそれほどの相手ですか、魔王は」

「おー。構えもなしに自然体のまま戦えそうな相手じゃないなー。ところで、魔王の戦闘力って今はどうなってんだ?」

 あえてトカゲの方は無視する。あいつからは強者が放つ特有の気配を感じられなかったからだ。

「しょ、少々お待ちを! 今すぐ確認しますので!」

 と、もたつきながらハカレターを取り出すルルア。

 そんなルルアを横目で見ながら、ハカレター越しに魔王を覗いているルルアの反応を待つ。

 そして──

「こ、これは……!」

「おっ、どうだった?」



「戦闘力36万……! 20年前よりも4万近く上がっていますが、勝てますよ! これなら勝てます! 今のソラさんの戦闘力なら!」



「おー。って事は2万差かー」

 数字だけで言うなら、どうにか勝てそうではあるなー。

 まあQ太郎(あれ? キュロットだっけ?)が言うには戦闘力なんてあくまでも目安だって話だし、油断はしない方がいいな。

 もっとも、油断させてくれるような相手でもなさそうだけど。

「ほう、36万か。以前より多少は上がったか」

「そのようでございますね。少し前に人間から奪ったハカレターを改造して魔王様の戦闘力を測らせた事がありますが、その時は途中で壊れてしまいましたからねー。単なる故障かと思いましたが、ひょっとすると我々のハカレターでは、魔王様の高過ぎる戦闘力を正常に測れなかっただけかもしれませんねぇ」

「なるほど。では次からは正確に測れるようにしろと研究班に伝達しておけ。ハカレターと言ったか、あれはなかなか便利な代物だからな」

「ははっ。承りました」

 おお? なんかあいつら、全然平気そうだなー。戦闘力じゃ負けてるって聞いたばかりなのに。

 そう不思議に思ったのはオレだけじゃなかったみたいで、

「不気味ですね……2万も差があるというのに、まるで動揺する素振りが見られません。もしや余裕でいられるような何かを隠している……?」

 とルルアが訝しんでいた。

「ひょほほほ。なかなか良い読みをしていますねぇ、人間の小娘にしては」

「ど、どういう意味です……?」

 怪訝がるルルアに、トカゲの魔族は「そのままの意味ですよ」とニヤニヤ笑いながら言葉を返す。

「36万なんて数字は、魔王様の力の一端にしか過ぎません。どうやらそこの男も相当な高い戦闘力を持っているようですが、所詮は人間。羽虫のごとき矮小な生き物では、魔王様のような偉大な方には到底敵うはずもありません。きょほほほほ!」

「な、なにを偉そうに! 魔王はともかく、あなたなんて私以下の戦闘力200じゃないですか! よくそんな戦闘力で自慢げにいられますね!」

 トカゲの言い方にカチンと来たのか、それまで引け腰だったルルアがビシッと指を差して声高に告げる。

「どうせ強がりか、ハッタリのどちらかに決まっています! 戦闘力を急上昇させる事なんて、絶対ありえないのですから!

「ハッタリ、か。貴様にはサラダがそう見えるのか。ククク……」

 ルルアの言葉に、魔王が嘲るように口角を吊り上げる。

「な、なにがそんなに可笑しいというんですか。私は事実を指摘しただけにすぎませんよ」

「確かに、戦闘力ではそっちが勝っているようだ。今のところは、な」

 魔王の含みのある言い方に「今のところは?」とルルアは不審そうに繰り返す。

「貴様達は何も知らぬのだ。余やサラダの事を何ひとつとしてな。それを今からわからせてやろう」

「ひょほほほほ! 我らの真の力、存分に見せつけてやりましょうぞ、魔王様!」

「? 一体何を──」

 と、ルルアが質問し終える前に。

 脈絡なく魔王とトカゲが人差し指を合わせた。

 そして──



「「合体!!」」



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