第5話 騎士キュロットの腕試し!どんな相手でも負けねぇぞ!!



 と。

 ルルアが口が開きかけた途端、オレの真横に控えていた二十歳過ぎくらいの金髪の男が、鎧をカチャカチャ鳴らしながら前に進み出た。

「王よ。突然のご無礼、お許しください。しかしながら、わたくしめに発言の時間をいただけないでしょうか?」

「キュロットか」

 うやうやしく胸に手をかざして敬礼する金髪の男に、王様が少し意外そうに両眉を上げる。

「寡黙なそなたがこのような場で自ら発言するとは珍しい。よい、申してみよ」

「感謝いたします。ルルア、少しいいか?」

「は、はい! キュロット様!」

 金髪の男の言葉に、ルルアが驚きつつも背筋を伸ばす。

 もっとも驚いているのはルルアだけじゃなかったみたいで、

「あの副団長が王の御前に出た上、自ら進んで発言するとは……」

「騎士団長相手にすら、自分から軽々しく声をかける事なんて滅多にしないというのに……」

 とヒソヒソ話し合っていた。

「ルルア。君がすごく優秀な魔導師だという事は僕もよく理解している。君の亡くなった父君にもよく聞かされていたからね」

「い、いえ。恐縮です……」

「だから君の能力や魔導具を疑うわけではないが、しかしながら完全に信用するわけにもいかなくてね。ましてそれが兵士でもなければ冒険者でもない少年となるばなおさらだ」

「……つまりソラさんの実力を確かめたいと、そういう事ですか?」

「そういう事になるね」

 ルルアの問いに苦笑で頷く金髪の男。

「ですが、一体どうすれば……」

「簡単な事だよ」

 言って、金髪の男がオレを指差してきた」

 


「ソラくんと言ったね? 君に一対一の試合を申し込みたい」



 金髪の男がそう言った直後、またしても周りにいた兵士達──というか、ルルア達に合わせて騎士って言った方がいいのか?──そいつらも一斉にどよめいた。

「副団長が試合を……!? 自ら試合を申し込む事なんて滅多にしないあの副団長が……?」

「それも一般市民とはいえ、38万も戦闘力がある相手に……?」

「副団長は我ら騎士団の中でも一番警戒心が強いお方だからな。いきなり現れた余所者に思うところがあるのだろう。とはいえ、まさかここまでするとは思わなかったが……」

 うーむ。よくわからんけど、なんかオレ、だいぶ疑われているっぽいな。

 まあ、いきなり来た余所者に魔王とかいう悪いやつを倒しに来たって言われても普通は信用できないよなー。その魔王がはちゃめちゃに強いとなれば、なおさら。

 だったら、ちゃんとみんなの前で証明しないとな。ルルアが白い目で見られないようにするためにも。

「おー。オレはいいぞー。爺ちゃん以外との試合なんて初めてだから、けっこう楽しみだ」

「ほう。なかなか強気な少年だ。確かめ甲斐があるというものだね」

「キュ、キュロット様。本当によろしいのですか? キュロット様の戦闘力は確かに騎士団の中でも随一ですが、それでも5万──ソラさんとは差があり過ぎるとのではないかと……」

「確かに戦闘力にはかなりの差があるが、戦闘力はあくまでも目安のようなものでしかないよ。実際の戦いは経験や運も左右してくる。現に、戦闘力100の者が1000の相手に勝ってしまうというのもザラにある話だからね」

 へー。そうなのかー。

 ルルアが戦闘力戦闘力ってやたら口にしていたから、この国の人は戦闘力だけで強さを決めているのかと思ってた。

「さて、そんなわけでさっそくやってみようか」

 言いながら、腰に携えていた剣を近くにいた騎士に預けて、代わりに竹槍のような物を受け取っていた。準備早いなー。

「あの、キュロット様。まさかここで試合を……?」

「もちろん。王の前になるが、ここで怖気付くようでは話にもならないからね。周りにいる騎士もだれも止めやしないだろう?」

 あー。だから準備が早かったのかー。

 たぶんこの金髪が試合を口にした時には、すでに竹槍を持って来させていたんだろうなあ。

「ところで、ソラくんは何も持っていないように見えるけれど、得物はないのかい?」

「おー。オレは武闘家だからなー。拳がオレの武器みたいなもんだ。だからQ太郎も気にする必要はないぞー」

 キュロットだけどね、と金髪の男は苦笑で訂正しつつ、

「なるほど。それならこっちは遠慮なくこの竹槍を使わせてもらうとするよ。心配しなくて先は丸めてあるから殺傷能力はない」

 くるくると慣れた手付きで竹槍を回す金髪の男もといキュロット。おー、なんかカッコいい。

 オレも触発されて柔軟体操を始めてみる。ちゃんとストレッチしておかないと、足がつるかもしれんしなー。

「事前確認しておこう。時間は無制限。どちらかが行動不能になるか、先に降参を口にした方が負けという事でいいね?」

「いいぞー」

「ではルルアくん。君には開始の合図を頼む」

「は、はい! ではお二人とも、とりあえず中央まで来て、対面になってください」

 慌てた足取りで王様から離れて中央に立ったルルアの指示通り、オレとキュロットもルルアを挟むような形で正面に対峙する。

「お二人とも、心の準備はよろしいですか?」

「いつでもいいぞー」

「右に同じだ」

「では──」

 ルルアが高々と手を上げる。

 そして数秒後、勢いよく手を振り下ろした。



「試合、始めっ!!」 



「はっ!!」

 先に動いたのは、キュロットの方だった。

 牽制をかける事なく、すぐさま突っ込んできたキュロットに、オレは動じる事なくまっすぐ見つめ──



「ふんっ!」



 と、気合を入れてキュロットを吹き飛ばした。

 キュロットは、竹槍を持ったまま「くうっ!?」と呻いたあと、そのまま地面に接触する事もなく後方にあった石壁に勢いよく衝突した。

 その後、キュロットはズルズルと背中を擦らせながら地面に腰を下ろして、ぐったりと頭を垂れた。

 唖然呆然。周りの反応を描写すると、こんな感じだった。

 それからちょっとだけ静かな時間が過ぎて。

「な、なななな、なんですか今の!?」

 ルルアが大声を出したのを皮切りに、周りにいた騎士も息を吹き返したように、

「一体なにが起きたんだ!?」

「魔導具か!?」

「いやそんなもの、一度も使う素振りは見られなかったぞ!?」

 と次々に驚愕の声を上げた。

「ソラさん! 今のはなんです!? まさか魔法!?」

「いや、違うぞー。魔法なんて一度も見た事ないし」

「じゃあ、どうやってキュロット様を壁まで吹き飛ばしたんです!?」



「どうって、ちょっと気合を入れただけだぞ?」



 オレの返事に、ルルアはポカーンと口を開けた。

「き、気合を入れただけ……?」

「うん」

「気合を入れただけで、人があんなに吹き飛ぶもんなんですか!? どういう理屈なんです!?」

「ほら、よく『気圧される』って言うだろ? あれのすごいバージョンみたいな感じだ」

「すごいバージョンって、ほとんど超常現象じゃないですか! もはや『気圧される』なんてレベルじゃないですよ!?」

 そうは言われてもなー。

 実際にこうやってできちゃってるしなー。

「な、なるほど。これは間違いないようだね……」

 と。

 ルルアの質問に答えていた間に、気絶から復活したキュロットがよろめきながら立ち上がった。

「おっ。大丈夫だったかー?」

「問題ないよ。しかし、君はとんでもないね。いくら戦闘力に30万以上も差があったとはいえ、手足どころか指も触れずに倒されるとは夢にも思わなかった。文句なしの完敗だ……」

 言って、キュロットは覚束ない足取りで王様の近くまで寄ったあと、片足を付いて傅いた。

「王よ。この者の実力はホンモノです。彼ならば騎士団のみならず、他の部隊も安心して付いていく事でしょう」

「うむ。我もしかとこの両の眼で確かめさせてもらった。キュロットよ、実にご苦労であった」

「いえ。王に心から安堵してもらえるのならば、このキュロット、いつでもこの体を張りましょう」

「キュロット様……。もしかしてわざとあんな憎まれ役のような真似を……?」

「さあ、どうかな。案外、本当に実力を確かめてみたかっただけかもしれないよ?」

 ルルアの問いかけに、フッと微笑するキュロット。

「ん? もしかしてあんた、わざとみんなの前でオレの実力を試そうとしたのか? みんなから信用してもらえるように?」

「そういうのは口にしないで、心に留めておくのが男の心意気というものだよ、ソラくん」

 おー……。なんかよくわからんけどカッコいい事を言ってる気がする。なんとなくだけど。

「さて、ソラよ。これでそなたは正真正銘の救世主と認められた。今後は我が国の軍と共にその力を存分に奮ってほしい。ちなみに衣食住に関しては何も心配はないぞ。魔王を倒すまでは全面的に我が国が援助しよう。他にも望みがあるなら可能な範囲で叶えようではないか」

「じゃあ、ちょっとだけ質問していいかー?」

 挙手するオレに、王様は「うむ」と鷹揚に頷く。

「その魔王ってやつ、ルルアから聞いた話だと魔王城ってとこにいるんだよな? 魔王城は海にあるとも聞いたけど、船でどれくらいかかるんだ?」

「ふむ。軍の編成などの期間を除けば、船で約二週間と言ったところではあるが、魔族が魔王城周辺の海に徘徊しているはずであろうから、その殲滅も考慮するならばさらに月日を要するかもしれないとだけ答えておこう」

 そっかー。もしかしたら長い間、山から離れる事になるかもしれんのかー。

 この城や町が嫌いってわけじゃないけど、やっぱ山の方が落ち着くから早めに帰りたいんだけどなー。できたら今日中に。

 んー。何かいい方法ないかなー。なんかあっという間に着く方法は……。

 と。

 その時なんとなく目に留まった城内の円柱を見て、ぱっと閃くものがあった。

「なあ王様。望みがあったら何でも叶えてもらえるんだよな?」

「うむ。可能な範囲ではあるが」



「じゃあそこにある石柱、一本もらってもいいか?」



 オレの言葉に、王様はキョトンと目を丸くした。

 王様だけじゃない。その近くで跪いていたルルアやキュロット、そして周りにいた騎士達までもがオレに変な目を向けていた。

「あの、ソラさん。突然なにを……?」

「あ、そうだルルア。一応確認だけど、魔王城の場所はとっくにわかってるんだよな?」

「え、ええ……。30年前と同じ位置に巨大な力が観測されているので、方角に関しては問題ないかと」

「そんじゃまあ、暗くなる前にちょっくら行ってくるかー」

 そんなオレの言葉に。

 ルルアは「へ?」と間抜けな声を出した。


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