第4話 ニンジの国は人でいっぱい?オレ、ワクワクしてきたぞ!



「おっ?」

 本当に一瞬の出来事だった。

 一度瞬きをしただけで、それまで目の前に広がっていた山の景色が全然見慣れない町へと一変していた。遠くの方には、城のようなものが見える。

「すげー。これが転移かー。こんなあっという間に着くものなんだな」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう。長年研究された分野ですが、その理論を形にしたのが、何を隠そう隠す気もありませんが、このルルアこと私というわけです! どうですか? 驚いたでしょう?」

「おー。ところで、なんでこんな城から離れたところに転移したんだ? どうせなら城の近くに転移すればよかったのに」

「………………」

「………………」

「か、改良の余地があるという事で! 希望が見えたってやつですよ、ええ!」

「そういうドジを踏んでも全然落ち込まないところ、オレはけっこう好きだぞ」

 爺ちゃんもよく「人生なんて多かれ少なかれ間違いながら生きていくみたいなもんなんだから、せめて顔くらいは前を向いとけ」って言ってたし。こういうルルアの姿勢は素直に見習っていきたいと思う。

 まあオレも、昔から落ち込む事なんて全然ないけれどなー。

「好き……!? ゴホンゴホン! えっと、あ、ほら見てくださいソラさん! これだけの人を見るのは初めてのはずですよね!?」

 なんでか顔を赤くしながら慌てたように町中を指差したルルアに、オレは不思議に思いつつも視線を前に向ける。

 ルルアの言った通り、視界いっぱいの人が町を埋め尽くすようにひしめき合っている。麓の村の倍以上は人がいるかもしれない。

「確かにすごい人だなー。こんだけ大きな町なら、人がいっぱいいるのも当然かもしれんけども」

「城下町ですからねー。国中から来た人はもちろん、国外からもたくさんの人が訪れているんですよ」

 独り言のつもりで呟いたオレの言葉に、ルルアが律儀に応える。

「国外からも? 何しに?」

あきないだったり、国境を越えるための準備を整えたり、またはギルドに行ってパーティーを組んでくれる冒険者を探したり、人によって様々ですね。この一帯は商人が一番多いので、商売エリアとも言われいます」

「あー。そういえば色んな店があるなー」

 一つ例を挙げるなら、オレの右手側に『カカロッとう』とかいう名前の砂糖漬けにされたパンのようなものを売っているし、その逆の左手方向には『バイちゃ』とかいうやつを瓶詰めで販売していた。

「あの『バイ茶』とかいうのはなんだ? 見た目はすり潰した葉っぱにしか見えんけども」

「『ンチャホウレン草』というこの国の特産品を使った茶葉ですよ。ニンジの国の名産品ですね」

「へー。じゃあ、あの『太陽券』っていうのは?」

「劇場に入るためのチケットですね。ほら、ちょうど目の前を横切ろうとしている女性二人組がいるでしょう? ここでチケットを買って、これから劇場に向かうようですね」

 言われて、なんとなくあの二人に耳を澄ませてみると、



「今日の劇、ちょー楽しみ〜。とくに主役の二人がイケメン過ぎてヤバいよね〜」

「わかる〜。わたしはカメハメ派だわ〜♡」

「ワタシは断然マフー派♡」



 みたいな事を楽しそうに話していた。

「おー。どれも見た事も聞いた事もないものばっかだなー。賑やかっていうか、全力で走るのも一苦労しそうだ」

「絶対やめてくださいね? ソラさんのあの脚力でこの中を走ったら、怪我人続出じゃ済まない自体になりかねないので……」

 などと本気で心配している顔で言いつつ、

「ところで、ソラさんってさっきから普通に文字読めてません?」

 とルルアが不意に質問してきた。

「おー。それがどうかしたか?」

「いえ。ずっと山育ちだったそうなので、そういうのはてっきり習っていないものかと……」

「爺ちゃんに最低限の教養は持っとけって言われて、小さな頃に文字の読み書きと計算の仕方を教わったからなー。勉強は苦手だったけど、この国の文字くらいならなんとなくわかるぞ」

「とてもステキなお爺さまだったんですね。心からソラさんに愛情を注いでいるというのが、今の話でよくわかります」

「おー。爺ちゃんにはすごく感謝してるぞー。爺ちゃんがいなかったら、今のオレはいなかったからなー。爺ちゃん以上に尊敬している人はいないぞ」

「ふふ。お爺ちゃんっ子なんですね、ソラさんは。そういう事が素直に言えてしまうくらい、本当に大好きだったんですね」

「そうだな。でも爺ちゃんの事を褒めてくれたルルアも大好きになったぞ」

「ほわ!? 大好きなんてそんな、女の子に軽々しく言うものでは……!」

「軽々しく言ったつもりは全然ないぞ。ちゃんと本音だぞ?」

「〜っ!!!!」

 突然ルルアが顔を両手で覆って悶え始めた。

 さっきまでは笑顔だったのに、急に赤くなったり隠したり、忙しいやつだなー。

「なんか知らんけど、大丈夫かルルア?」

「だ、大丈夫です。わかっていますから。ラブ的な意味ではなくてライク的な意味だという事は。ええ、よくわかっていますとも」

 とはいえ、これは強力ですね……と弱々しい声で呟きを漏らしつつ、ルルアはゆっくり顔を上げた。

「……コホン。えーっと、そろそろ城に向かいましょうか。国王も私達の帰りを今か今かと待っているでしょうから」

「おー。ところで、ラブとかライクってどういう意味なんだ? なにが違うんだ?」

「さあ行きましょうすぐ行きましょう速やかに行きましょう!」

 と質問に答える事もなく足早に城へ向かって進み出したルルアに、オレははてなと首を傾げながら後を追った。



 ☆ ☆ ☆



「おお、そなたが魔王に匹敵するほどの戦闘力を持った者か……!」

 城に到着すると、あれよあれよという間に話は進んで。

 オレとルルアは今、この国の王様とかいう人とだだっ広い空間で向かい合っていた。

 ルルアが言うには謁見の間って場所らしいけど、王様が着ている服や被り物を始めとして、座ってる椅子とか絨毯とか、とにかく周りにある物すべてがめちゃくちゃキラキラしていた。

 爺ちゃんからもそれとなく聞いた事はある。これがケンランゴウカってやつか。

 山育ちのオレにはただただ眩しいだけで住みづらそうとしか思えんけど、やっぱルルアみたいなやつにしてみれば、こういうお金持ちとか身分の高い人しかできない暮らしって羨ましいもんなのかな。

 なんてキョロキョロしていると、どうしてだか隣りで跪いているルルアに「ソラさん!」と小さな声で一喝された。

「王の御前ですよ! せめて私みたいに跪いてください!」

「なんでだ?」

「なんででもです! 王の前ではこうするのが普通なんです!」

「けど、王様の隣りにいる二人とか、壁際に並んでいるやつらはずっと立ったままだぞ?」

「彼らは護衛役なのでいいんです! ああもうソラさんのお爺さーん! どうせなら礼節もちゃんと教えておいてくださいよー! いや、事前にちゃんと確認しなかった私も悪いんですけれども!」

「よいよい、そのままで」

 と。

 ルルアが今にも泣きそうになったところで、王様が笑顔で片手を緩やかに上げた。

「我らはこの少年に助けを請うている側なのだ。礼節などこの際気にはせぬ」

「王……! なんて寛大なお言葉……!」

 王様の言葉にウルウルと瞳を潤ませるルルア。なんかすごく感動したらしい。

「んー。よくわからんけど、やっぱルルアの真似をした方がいいのか? ルルアも困ってるみたいだし」

「構わぬよ。少し世間に疎そうなところがあるようだが、ルルアを気遣うあたり、善良そうな少年ではないか。なあ、ルルアよ」

「……はい。少し常識に欠ける部分は見受けられますが、善人には間違いありません」

「うむ。して、この者の名は?」

「ソラです。ここから国境くにさかいにある山奥にて一人で生活しておりました。話を聞くと、山から離れた経験は一度もないそうです」

「ほう。……して、その戦闘力は?」

 と、それまで和やかだった雰囲気の王様が、突然豹変したかのように真剣な面持ちになった。

 そんな王様に、ルルアも緊張を隠せない表情でゆっくり口を開く。

「ハカレターで計測した結果、38万と出ました」

「38万!?」

 王様が驚愕に目を見開く。周りにいる兵士っぽい人達も、王様と同調するかのように「おお……!」とどよめきが起きた。

「38万……それが本当ならば、魔王を倒せるかもしれない唯一の存在となるわけか」

「左様でございます。まだ魔王側の戦力が未知数ではありますが、ソラさんを主軸に軍を編成すれば、魔王打倒も夢ではないかと」

「ふむ。でかしたぞルルア。さすがは天才魔導師と異名されるだけの事はある。そなたの功績は後世にも伝わる事であろう」

「もったいなきお言葉、光栄の極みでございます」

 へー。ルルアってそんなにすごいやつだったのか。

 オレ的にはドジっ子って印象の方が強いけど、この国だとみんなから頼りにされているんだな。

「ではさっそく、騎士団長と今後の作戦を──」



「ルルアよ! 少し待ってほしい!」


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