第2話 戦闘力38万?世界を救うために魔王軍と戦うぞ!



「……………………………………………………、ほわ!?」

 少しの沈黙のあと、ルルアが素っ頓狂な声を上げて驚愕した。

「え、え、え? な、亡くなられていたんですか? 二年も前に?」

「おう」

 そう頷くと、よほどショックだったのか、ルルアがガクッと項垂れた。

「そ、そんな……。じゃあ、私は一体なんのためにここまで……」

「なんか悪いなー。大事な用があったみたいなのに」

「い、いえ……。亡くなられていたのは非常に残念ではありますが、仕方のない事ではありますから。ちなみに、お爺さん以外にお強い方ってこの山にいたりします?」

「いや。ここには昔からオレと爺ちゃんしか住んでないなー」

 正確に言うと元々オレは生まれて間もない頃にこの山に捨てられて、そこをたまたま通りがかった爺ちゃんに拾われて、それから二人で一緒に暮らすようになったんだけど、別にそこまで詳しく話す必要はなさそうかな。ルルアもそれどころじゃないみたいだし。

「そうですか……。あれ? でもそうなると少し変ですね。さすがに改良した観測機でも亡くなられた方の戦闘力を測る事はできないはずですし……」

 またなにやら意味不明な事をぶつぶつ呟いたあと、ルルアはゆっくり顔を上げてこっちをジッと見つめてきた。

「という事は、観測機が感知した強大な力は、もしかしてソラさん……?」

 ん? オレ?

「いやでも、状況から考えてソラ以外に考えられませんが、しかしとてもそんな風には……。いえ、私を担いだ状態であんなスイスイ山の中を進めるくらいなんですから、強い事には強いんでしょうけれど……」

「なんだ、ひょっとして爺ちゃんじゃなくてオレの方に用があったのか?」

「ちょ、ちょっと待ってください。こういう時のためのハカレターを用意してあるので!」

「吐かれた? また気持ち悪くなっちゃったのか?」

「『吐かれた』じゃなくて『ハカレター』です! とにかく少しお待ちを!」

 言いながら、ルルアは慌てた手付きで懐からルーペのようなものを取り出した。

「それがハカレターってやつか?」

「はい。戦闘力を測るための魔導具の一種です」

「魔導具ってのはなんだ?」

「あー、そうでした。ソラさんにはそこから説明する必要がありましたね」

 そこで喉の調子を整えるようにコホンと咳払いしたあと、ルルアは再度口を開いた。

「ソラさん。この世界が戦闘力という数値で強さが決まっているという事くらいは、さすがに知ってますよね?」

「いや、全然知らん」

「そこからですか……」

 まあソラさんはほとんど世間に触れずに育ってきたようなので仕方ないかもしれませんが。

 と、ちょっと溜め息混じりに言ったあと「えーっとですね」とルルアは続けた。

「戦闘力というのは、文字通り個人の強さを表した単位ものなんですけれど、その戦闘力を魔導具という特殊な道具を使用する事によって数値化する事ができるんです。ここまではわかります?」

「おー。でもそれ、その魔導具ってやつを使わないとわからないものなのか? それができるまでは一体どうしてたんだ?」

「戦闘力を測定する魔導具が発明されたのは今から百年も前の話ではありますが、それまでは戦闘力という概念もなかったそうです。聞くところによると昔は実際に闘ってみるか、もしくは、感覚や雰囲気で相手の力量を判断していたようですね」

「それ、オレと爺ちゃんがよくやってたやつだな」

 今は簡単に猛獣相手でも勝てるようになったから全然やらなくなったけど、修行をやり始めた頃は勘で判断するしかなかったから、自分には勝てないかもと思った相手からは速攻逃げてたなー。爺ちゃんにも「逃げは負けじゃない。勝つための手段のひとつだ」って言っていたし。

「魔導具がない環境だと、普通はそうはなっちゃいますよね。今はもう魔導具で戦闘力を測るのが常識となっているので、普通の村人でも役所に届ければ戦闘力を知る事ができる世の中ではありますが」

「ん? その役所ってところにわざわざ行かないと測ってもらえないのか?」

「魔導具ですからね。私のような魔道士でないと扱う事はできません」

 で、その魔導に関する話に戻りますが、とルルア。

「魔導というのは、魔法という超常の力を人の身で扱えるようにした技術の事を指します。その魔導を形にした物が魔導具。そして魔導具の発明や取り扱いを許された職業が、我々魔導師というわけです」

「ほー。なるほどー」

 世の中には、色んな仕事があるんだなー。

「それで、今お前が持っているのが、その戦闘力を測れる魔導具って事か?」

「はい。ハカレターと言って、10年前に開発された小型の魔導具です。実はこれ、私の父が開発者なんですよ」

 えっへんと自慢げに胸を張るルルアに、オレはへえーと適当に相槌を打つ。

 何が凄いのかはよくわからんが、とにかくなんか凄い事なんだろうなっていうのだけはなんとなくわかった。

「ていうか、最初からそれを使えば山で遭難する事もなかったんじゃないか?」

「これは目の前にいる相手にしか使えないので……。姿が見えないくらい遠い場所にいる相手には使えない魔導具なんです」

「でもお前、ここには強い奴を探しに来たって言ってなかったか? さっきの話だと、ハカレターは使えないはずだよな?」

「ここへはハカレターではなく別の観測機を用いて来ただけなので……。それもハカレターみたいに数値までは測れない代物なので、こうしてハカレターを持ってここに訪れてみたというわけです」

「そっかー。なんか、なんでもできるってわけじゃないんだなあ、魔導具ってやつは」

「結局は人が作ったものですからね。欠点のない道具なんてこの世にはありませんよ」

 それはともかく、とルルアはハカレターを顔の近くまで寄せた。

「そういったわけなので、一度ソラさんの戦闘力を測らせていただいてもよろしいですか?」

「別にいいぞー。お前が求めてる強い奴かどうかはわからんけど」

「では遠慮なく」

 言って、ルルアはハカレターのレンズ部分でオレを覗いた。

 すると、一瞬唖然としたように両目を見開き。

 次に、まじまじと凝視するようにオレを見つめたあと。

 最後に、コトンとハカレターを床に落として、



「え……ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 


 と、突然大声を発して立ち上がった。

「そ、そんな、信じられません! こんな数値、今まで見た事も聞いた事も……!」

「ん? こんな数値って、どんな数値なんだ?」

「お、落ち着いて聞いてください、ソラさん」

 この場で一番動揺しているルルアに言われても説得力も何もないけど、とりあえず指示通り平常心を心がけて耳を傾けてみる。



「さ、38万──それがソラさんの戦闘力です!」



 それを聞いて、オレは──

「あ、うん」

「反応うっす! え、どうしてそんなに反応が薄いんですか!? 38万ですよ38万!」

「そうは言われても、みんながどれくらいの戦闘力なのか知らないし」

「あ、そういえばそうでした……魔導具も知らなかったわけですし、世間一般の戦闘力なんて知るはずもないですよね」

 とオレの返答を聞いて、いくらか落ち着きを取り戻したように大人しく座り直すルルア。

「お騒がせしました。えー、先ほどの話ですが、村人だと戦闘力は5。一般兵は300くらいと言われてます。冒険者だとたまに1000を超える人がいる程度です」

「ほー。それだけ聞くと、なんかオレ、めちゃくちゃ強そうに聞こえるな」

「『強そう』ではなく実際『強い』んですよ、数値の上では! それこそ魔王以上ですよ、これは!」

 またなんか知らん単語が出てきたな。

「何度も質問して悪いけど、魔王ってなに?」

「……なんかもう、ソラさんに何を訊かれても動じなくなってきました」

「すまんな。なんも知らんくて」

「ああいえ、生い立ちが生い立ちですからね。別にソラさんが謝るような事でもないので、そこは気になさらないでください」

「おー、あんがと。で、魔王ってのは?」

「魔王というのは、100年ほど前に突如現れた、世界滅亡を企む存在の事です。魔王は魔族と呼ばれる邪悪な者達を無数に従えていて、今日こんにちに至るまで私達人類とずっと争っています」

「へー。全然知らんかった。今まで魔族なんて見た事もなけりゃ聞いた事もなかったからさー」

「あー。ここはかなり山奥ですからねー。世界のあちこちで暴れている魔族も、ここまで足を運ぼうという気にならなかったんだと思います」

「つまり、ど田舎には興味ないってわけか」

 身も蓋もない言い方をすればそうなってしまいますね、と苦笑するルルア。

「ただ、魔族の最終目標は人類の根絶なので、ここもいずれどうなるか……。まだ魔王が直接動いたという話は聞かないので、今すぐ世界中が火の海になるという事はないと思いますけれど」

「ふむふむ。んで、そうなる前に、魔王に勝てそうな奴を探してたと」

「はい。まさにそれがソラさんだったわけです!」

「んー。まあ事情はなんとなくわかったけどさ」

 腕を組みつつ、もう何度目になるのかもわからない質問をルルアにぶつけてみる。

「魔王って結局どれくらいの強さなんだ? そもそも魔王の強さなんていつ調べたんだ? よくは知らんけど、めちゃくちゃ強いんだろ、魔王って。そんなやつの強さなんて調べられるもんなのか?」

「30年ほど前に魔王と接近できた凄腕の冒険者達がいたそうで、その時に戦闘力を測ったそうです。あの頃はハカレターなんてなかったので、当時は重い上に大きい観測機を使用したみたいですよ。まあそれ以上に、あの魔王から命からがら逃げ延びたという逸話の方が驚きですけれど」

 ちなみにその冒険者達は国からたくさんの報奨金を貰って、その後は悠々自適な生活を送っているそうです。

 そう付け加えたルルアに、オレは「へぇ」と相槌を打った。

 魔王がどんだけやばい奴なのかはわからんけど、世の中にはそんな気骨のある奴もいるんだな。

「それで魔王の戦闘力の数値ですが、当時で32万はあったそうです」

「32万かー。じゃあオレの方が5万以上も高いんだな」

「ええ。ですがあくまでも三十年前の話なので、今はどうなっているか……」

「そっかー。でもさ、今までの話だと魔王の居場所はとっくにわかってるんだろ? だったら国中の兵士とか冒険者とかを集めて攻めたら、案外なんとかなるんじゃないのか?」

「確かに魔王の居場所──魔王城のある所はすでに把握していますが、私達がいるこの大陸からとてつもなく離れた洋上にあるんです。しかも魔王城周辺の海には大勢の魔族達が番人をしているので、仮に船で行ったとしても、魔王と渡り合えるだけの軍勢が生き残っているかどうか……」

「だったらお前がここまで来るのに使ったやつは?」

「転移装置は地面のあるところにしか使えないので、海では無理なんです。しかも魔王城に地面はなく、床や外壁はすべて石材で出来ているので、転移を満たす条件には入らず……」

 うーん。色々と複雑な事情があるんだなあ。

「なので、改めてお願いいたします」

 言って、ルルアは深々と頭を下げた。



「どうか我が国の──いえ、世界を救うためにソラさんの力をぜひとも貸してください!」

「いいぞー」

「判断はっや!!!」



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