第8話 一つのベッド


支配人は少し考えたようです。少し間をおき、人目をうかがい、私の耳元で囁きました。


「ここから西に一キロ行った所に森があります。その森に大きなカシの木があり、アラン・レイフィールドはそこで拾われたのです」


支配人は私にだけ特別に教えてくれたようです。周りに気付かれないように配慮していた。


支配人がカウンターに戻って行くのを見計らって私はバートに、生家の場所が分かったとオッケーのサインを指で作った。バートは小さくうなずいた。


ほどなく、おごりのお酒が私に運ばれて来ました。バートも、付き合うよと自分の分も注文する。


バートのお酒が運ばれてくるまで、私は自分のお酒に手を付けませんでした。アランの生家が分かって一安心したのか、私の頭の中はもう宿で寝ることに切り替わってた。


冒険者のなれの果てのおかげで一室しか取れなかった。………私たちは一室で寝る。


バートはお酒が運ばれてくると一口含み、言った。


「エイミー、君はどうしてアラン推しになったんだ」


「あ、あぁ」


変なことを考えて、重苦しい空気になっていたのかもしれない。恥ずかしさも相まって私は無理に作った明るい声を出していた。


「そうね。アランを一目見て、体に電気が走ったの。それでこの人のために何かしなければ、って思った」


「なるほどな。血の宝珠のなせる技ってわけか。君の先祖は大魔導師。俺たちに感じられない何かを感じたのかもな」


「あなたはなぜ辺境の騎士になったの」


「そりゃ、さ。君の記事を読んだからさ。俺もなんだかんだ言って冒険者から始めたんだぜ。で、偶然、君の記事が目に入って、アランというすごいやつがいるんだって知った。それがさ、相手は俺と同じ年頃なんだぜ。無理だと思ったよ」


「そうなの。悪かったわ」

「いやいや、これでよかったんだ。俺も一歩間違えば、さっきのやつらと同じのようになってたしな。で、若い俺はよく考えた。そのアランというやつに会ってやろうとな。どんなやつか知りたいじゃないか。それにはこの目で見るのが一番だ。それで冒険者を辞めて辺境の城防衛に志願した。アランが本物なら必ずここにやって来るってね。しかし、ガキの俺にしれみりゃ、辛い戦いだったよ。一緒に志願した者たちはもう皆、死んでしまった。それでも、君の記事を手に志願して来る者はあとをたたない。こいつら、俺といっしょだなって。勇気が出たよ。アラン殿の記事も、そいつらのおかげで目にすることが出来た。アラン殿が今どこで何をやっているのか。早く来いってね。待っているうちにそれがさ、面白いもんで、いつしかアラン殿より記事を待つ方が楽しくなっていた。アラン殿の快進撃だってな。俺も強くなって、魔族との戦いに余裕が出て来たんだと思う。そんな時、ふと思ったんだ。この記事を書いた人もアラン殿が来れば、必ず辺境の城アースリーにやって来ると」


「会ってみて、どうだった?」


うつむいて喋っているバートの視線が上がった。目と目が合う。


「俺の想像してたとおりの女性だった。輝いていた」


私は咄嗟にうつむいた。


「いやいや、今のは忘れてくれ。さぁ、出ようか。今夜は飲みすぎた」


バートと宿まで一緒に来ると、やっぱもう一軒、とバートは繁華街の中に消えて行ってしまいました。


部屋に入ると急に胸の高鳴りを覚えました。なんだかそわそわもする。落ち着くの、落ち着くの、と私は何度も自分に言い聞かす。


シャワーを念入りに浴びたいのだけれども、バートが今帰って来たらとも考える。急ぎたいし、綺麗にしたし、とシャワーを浴びながらどうでもいいような、くだらないことで悩んでしまう。


そもそも泊る予定ではなかった。しょうがなく昼間着ていた薄い肌着だけ身につけてベッドに入る。


ずっと自分で自分の肩を抱き、天井を眺めていました。私は一度も男の人とそういった行為をやったことはありません。緊張で震えている。心臓もバクバクいってた。


鍵のジャラジャラする音がドアの向こうから聞こえました。バートが帰って来た。心臓が口から飛び出そうでした。ドアが開き、ドアが閉まり、バートがやって来る。私は目をつぶった。


よっぽど酔っているのでしょう、ちどり足でベットに向かって来たかと思うとバートはそのままベットに倒れ込んだ。ベッドが揺れる。私の息が止まり、体は硬直した。


心臓がドラムを打っているかようです。バートはやさしくしてくれるのでしょうか。いきなり覆いかぶさって来るなんてことはないはずです。


私は目をつぶったまま、不安と期待が入り混じった気持ちでその時を待ちました。


待った。待ったのですが、待てど暮らせどバートは動きませんでした。私は目を開けました。バートの寝息が聞こえる。本当にねちゃってる。


上半身だけ起こしました。バートは見れませんでした。正面の壁だけをぼんやり見てた。バートは、私に会いたかったとさっき酒場で昔話をしてた。バートの胸で泣いた時もやさしく私の肩を抱いてくれた。


バートはわざと酔って帰って来た。そう思えてなりませんでした。私は魅力がない。その言葉が頭によぎる。私はもう30才。男の人は皆そうですが、バートも若い女が好みなのでしょう。なのでしょうが……。


もしかして……。私はふと、思った。


バートはもしかして、エイミー推し?


よくよく考えれば、そんなフシがみあたらないわけじゃない。いつもエイミー・マクドーネルを応援してた。


そう。きっとそう。


なぜか笑いがこみあげて来た。


笑い声でバートを起こしてはかわいそう。笑いをぐっと抑え、バートの寝顔をのぞき見る。気持ち良さそうにすやすや眠っています。私はかわいいバートの頬にそっと口づけをしました。


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