第7話 最後の冒険


ドアがノックされた。バートだ。私はドアを開けました。そこにバートの笑顔があった。


「アラン殿の本、完成するんだな」


だなって、思わず笑ってしまう。口髭なんてものもはやし、えらっそうに。


「ええ。あなたを待っていたのよ」


原稿はデスクの上にありました。私はペンを持ち、原稿にペン先を下ろす。バードの視線が私の肩口から原稿に向かっているのが分かりました。


『アラン・レイフィールドはエルフの国オーケシュトレームで今なお私たちを見守っている』


と、書き終えて、振り向いた。バートは満面の笑みです。私はほっとし、息をふぅーっと吹きました。それから少し放心状態でした。


書き終えた安堵感あんどかんで一杯でした。でも、時間が経つにつれじわじわと寂しさがこみ上げて来ました。エイミーは私の青春でした。涙がこぼれ出し、頬をつたう。色んな事が頭の中を駆け巡っていた。私はバートの胸を借りて泣いていた。


どれくらいたったか、泣きじゃくる私にバートが耳元で囁きました。


「どうだろう。今からアラン殿の生家を見に行ってみないか。ここからそうは遠くない。ピリオムで行けば夜には帰って来れる」


私はバートを見た。やさしい笑顔でした。


「もうピリオムは忘れたかい」

「いいえ」


「エイミーならそう言うと思った」


バートは会った時からいつも私を大事に思ってくれている。私は、うんとうなずいた。


「エイミー。俺達最後の冒険だ」







日暮れには王都に返っていたはずでしたが、宿場町マイヤの酒場で私たちは夕食をとっていました。私の調べだと間違いなくアランの生家はここマイヤのはずでした。


それが見つからない。私たちは甘く考えていました。記念碑を探すぐらいの気持ちでここにやって来ていた。


町長に尋ねてみても、長老と呼ばれる人に尋ねてみてもそれぞれ全く違う場所を言う始末。通行人や、子供まで、ありとあらゆる人に尋ねてみました。誰もが違う場所を教える。


教える気どころか、行かせない腹積もりなのが透けて見える。ここの住人とって余程大事なところなのだろうと想像出来た。


そっとしておくべきかと考えました。けど、バートは帰ろうとは言わない。私もそうです。


最後の旅がこんな形で終わるのは悲し過ぎる。バートにしてもやりきれないのでしょう。私に良かれと思って最後の旅を提案しました。私もバートの気持ちに応えたいという想いもあります。


私たちは幾つもの宿屋に入りました。近々祭りかイベントがあるのか、こんな辺鄙へんぴな町なのにどこもかしこも満室で、やっとのことで一部屋借りることが出来ました。


夜の町に出て、酒場に行きました。情報が集まりそうなこの町一番の酒場でした。満席で、座るのがやっと。賑わっているにはいるが……。


「エイミー。客は冒険者のなれの果てばっかりだな」

「そうね」


魔王がいなくなってギルドの仕事がめっきり減ったのだという。酒場は職にあぶれた冒険者が大半を占めていた。


「こんな小さな町によくもまぁこんなに集まったもんだ」

「ぶっそうね」


「ちょっと聞いて来る」


バートは酒を手に、席を立った。斜め向こうの冒険者のテーブルに相席すると向かいの男に酒をついで何やら話し込んでいる。そして、話が終わったのかその席にコインを置いてバートは戻って来た。


「こいつら全員、アラン殿が残した秘宝を探しているらしい」

「そうなの。それで町の人の態度がああだったんだ」


「そんなもの有るのか、エイミー。俺は訊いたこともない」

「わたしもよ。大方、誰かの想像がほんとのことのように噂で広まったのでしょう。そのうえ、町の人の態度もあやしい。冒険者たちに火に油を注いでる」


「しょうがないやつらだ」

「ここにいても何も得られそうもないわね」


席の向こうで喧嘩が始まった。それが瞬く間に酒場に広がった。みんな入り乱れて殴り合っている。酒場を出ようにも出られない。アランが魔王を倒したというのにこの冒険者たちは。


「なんという醜態しゅうたいです」


私は、かっとしました。魔法で黙らそうと席を立つ。その時、バートが私を手で遮りました。


「君の魔法は酒場まで破壊してしまう。こういう手合いは俺の領分だ。俺に任せてくれ」


バートはそういうと席を立ち、一人二人と酒場から放り出していく。冒険者たちは全く歯が立ちませんでした。流石最前線で魔族と戦っていただけはあります。大男も一ひねりで店の外に放り出していく。そして、全ての冒険者を外に出すとバートはこう言ったのです。


「我は辺境の城アースリーの城主バート・アディントン。まだやりたりないのであれば俺が相手してやる。かかって来い」


バートの名を聞いて、冒険者たちは震え上がりました。バートの武名はそれほどまでに王国に響いていたのです。冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように暗闇に消えて行きました。


酒場は静けさを取り戻しました。住民も酒と食事を楽しんでいます。支配人が私たちの所にやって来て、礼をし、お代はけっこうですと言った。


「それはだめだ。俺はやるべきことをやったまで」

「では、せめてご婦人に一杯おごらせてください」


支配人は私をバートの妻だと思っているようです。それでも良かったですが、バートが答えました。


「ご婦人だなんて。彼女は俺の友人、アラン推しのエイミー・マクドーネルだ」

「エイミー・マクドーネル?」


支配人が私を見てそう聞き返して来ました。私の名を知っているんだ。記事でも呼んだのでしょう。私は軽く会釈しました。


「どういったご用件でここに?」

「アランの生家を見たいと思って」


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