第3話 最後の推しごと
デスクの前に椅子がある。何か聞かれる気配です。私は言われるがままに、そこに腰をかけました。
何を聞かれるのかしら。私はバートをまじまじと見、顔色をうかがいました。
バートは見たところ私と同じ年ぐらい、27、8才。目の色、髪と共に黒く、髪は軽くカールがかっています。面長で、堀が深く、
ドンッとデスクの上に本が置かれました。革製の扉の、大きいやつです。バートはそれを開きました。
「これ、君の記事だろ」
確かに私の記事でした。私の推しごとは勇者アラン・レイフィールドの活躍を宣伝するために記事を書き、印刷し、王国中にばらまく。記事の収益はギルドを通してアランには渡るようにもなっている。
バートはその記事を一枚一枚に丁寧に穴を開け、日付順に重ね、紐に結んで革の扉をつけ、本にしていました。
ペラペラ捲りながら、バートは私に話しかけてきました。文章が上手いとか、よく調べたとか、君のおかげで人に困ることなかったとか。この記事のために辺境の城を志願する者はあとをたたなかったそうです。
でも、それがとうしたというのでしょうか。わざわざ私をここに呼んで、この人は何が言いたいのだろう。
私は考えあぐねていた。どうもアランを誉めている感じじゃない。私はバートの目をのぞいた。
バートを目が合ってしまった。私はうつむいた。うかつだったと思う。恥ずかしいわけではない。私は国王陛下に仕えるどの人にも自分の顔を見せたくなかったのです。
「あ、悪かったね、長々としゃべって。ところで、今回も記事にするんだろ?」
その言葉に、私はハッとしました。やっぱり私の推しごとはここで終わるんだ。
いつか終わる日が来るのは分かっていました。十年前、アラン・レイフィールドと偶然ギルドで出会い、この人なら魔王を倒せると思った時からその考えがなかったわけではありません。
アランはまだ駆け出しの冒険者でした。でも、他の人とオーラが違いました。この人は特別だと直感しました。私はアランを支援すると心に決めたのです。
行動を起こすと毎日が変わりました。世界がキラキラと光って見え、幸せを感じられました。
アランの行動を追っかけ、記事にする。アランを追いかけるのには力も必要でした。魔法を学び、レベルを上げて行く。
記事を読んでくれた人とも友達になれました。仕事ばかりのカレンダーに旅の予定を入れていく。友達との旅も楽しかった。それだけではありません。旅立つ日を待つ時間も楽しかった。
アランが敵を倒す度、私は幸せと高揚感を味わいました。そして、それを記事にする。充実した日々。それが終わろうとしている。
「そうかぁ。そりゃぁ、そうだな。エイミー」
バートの声に、私は我に返った。沈んでいく私をバートは察していたのです。にこやかに、そして、やさしく、バートは語りかけて来ました。
「まだ、終わったわけじゃないじゃないか。アラン殿は魔王討伐の成功を報告するために国王陛下に謁見する。アラン殿の最高にして、最後の晴れの舞台じゃないか。魔王討伐の記事も大事だけど、アラン推しとしてはそれも記事にしなくてはならない。皆、君の記事を待っている」
そうです。そうなんです。この辺境の城アースリーに来れたのはわずかに二百人程度。王都ファセビスタに来れる人たちは果たして何人でしょうか。私はアラン推しとして、アランという人を王国全員に正しく評価してもらいたいのです。
私は最後の最後まで、推しごとを投げ出すわけにはいかなかった。
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