第2話 祭りごと
午後5時。駅前に飾ってある短冊の下で待ち合わせをする。そう私たちは約束をした。
30分前に来た私と、5時ちょうどに来た柊莉。
私が勝手にデートみたいな気持ちでいるだけなのに、柊莉は違って友達と遊ぶ気持ちできていて、ちょっと悲しい。
それは当たり前で、私たちは友達なのだから仕方ない。
「それじゃあ、行こっか!」
そう彼女が楽しげに笑い、私の手を引く。私はそれに連れられて、戸惑いながら一歩一歩足を出す。
いきなり手を繋ぐなんて予想外で反則だ。まさかデートっぽく手を繋げるなんて思わなかった。心臓のどきどきがさっきから鳴りやまない。
商店街の大通りにたくさんの出店が並んでいる。私たちは手を繋ぎ、それらを一つずつ見て回る。
何個か見て回ったところで、柊莉が目の色を変えて射的のお店に向かっていく。
「ちょっと射的やっていこうよ!」
「うん、いいよ」
こんなに子供っぽくて無邪気な柊莉は、見ていて楽しい。お祭りのせいか柊莉は少しテンションが高く、今まで見たことがないはしゃぎっぷりだ。
お店にはいろいろな商品が置いてある列が3つ並んでいる。列は階段状になっており、1段目にはちょっとしたお菓子が置いてある。2、3段目にはぬいぐるみや花火セットなど少し高めのおもちゃが置いている。
「おじさん、射的やってもいい?」
柊莉がお店の人に話しかける。
店主がはい、100円ねといい、柊莉におもちゃの銃とコルクの弾を渡す。
「詩織はどれがほしい?」
「いいよ、別に、柊莉が好きなものとったら?」
「いいから、いいから、私は射的がやりたいだけだし!」
「1番右後ろのくまのぬいぐるみかな」
もし何かもらえるのなら。形に残るものがほしい。今日が終わったら私たちの関係がどうなるかわからない。もし、この繋がりが途切れてしまったとき、何か寄りかかれるものが欲しい。
「オッケー、くまさんのぬいぐるみね!」
弾は全部で3発あり、柊莉は一つ一つを銃に詰め込み、ぬいぐるみへと放つ。
―タン
―タン
弾は全部ぬいぐるみの弾力の前には無力で、びくともしない。
「やばい、あと一発しかない」
柊莉は最後の弾を詰め込む。
「詩織、ちょっと手かして」
「え!?ちょっ・・・」
彼女の左手が私の右手に触れる。柊莉によって右手が銃の引き金にセッティングされる。
「2人で打った方が、力2倍で強そうじゃん」
柊莉がニカっと笑う。こんなふうに私に笑いかけてくれるのはあと何回だろうか。そう思うと胸が苦しくなる。
「よし、行くよ、せーの」
私たちは一斉に銃の引き金を引く。引くというより、押すのが正しいかもしれない。
弾は2人で打ったことにより、銃の狙いがぶれ、あらぬ方向に飛んでいく。コルクがぬいぐるみの下の段にある、何かが入った箱に当たる。弾が当たった何かはからりと音を立てて床に落ちる。
「大当たり、はいどうぞ」
柊莉が店主から箱をもらい、中身を見る。箱の中には2つのねこのキーホルダーが入っており、その片方が柊莉の手に連れられて私のもとにやってくる。
「ごめん、クマのぬいぐるみ取れなくて」
「いいよ、全然、むしろこっちの方が好きだし、ありがとう」
ぬいぐるみよりもお揃いのものがいいかもしれない。2人とも一緒のものを持っている方がこの先もずっと一緒にいれる気がする。告白が成功しそうな気がする。
そんなことあるはずないのだけれど。
***
屋台の通りを歩き回って1時間くらいが過ぎた。そろそろお腹が減ってきたという話になり、何か食べられる物を探す。
歩いている途中、たこ焼き屋さんを見つけた。
柊莉はたこ焼き屋さんに行き、私はその向かい側のお店にあったラムネ瓶を買う。
2つのラムネ瓶を持って、待ち合わせ場所にしていたベンチに集合する。
少し経って、柊莉もお腹空いたねとやってくる。
「はい、あーん」
柊莉はすぐこういうことを平気でやる。さっきの射的だってそうだ。柊莉は距離感が近い。だから勘違いしてしまう。
「自分で食べるから」
「でも、両手塞がってるし、お腹空いたでしょ」
「柊莉がラムネ瓶一個持てばいいじゃん」
「いいから、いいから、はい、あーん」
小悪魔みたいな笑顔でたこ焼きを持って迫ってくる。仕方がないので、口を開ける。口の中にあったかいたこ焼きが入る。あったかいというより熱々で火傷しそうになる。
「あつっ」
「ごめん、ごめん、大丈夫?一個ラムネ瓶持つから、飲んで」
ラムネ瓶の蓋を開け、勢いよくそれを口に含む。爽やかな味が口の中を満たしていく。
「私にも食べさせてよ」
さっきまであった爽やかな感じが頭から消えていく。代わりになんともいえない胸の高鳴りが頭の中まで聞こえてくる。
「・・・わかった、いくよ」
たこ焼きを一つ、爪楊枝で取って、彼女の口元に送る。柊莉は大きな口を開けてそれを待っている。
彼女の口と私の手の距離が近くなる。
意を決して、彼女の口にたこ焼きを放り込む。
口をもぐもぐさせながら、たこ焼きを食べる柊莉はきのみを食べるリスみたいで可愛い。
「これでいい?」
「うん、満足」
柊莉は満面の笑みを浮かべる。
ベンチに座り、たこ焼きを2人で分け合う。
全て食べ終わったところで、花火が始まるアナウンスが聞こえる。
「どうする?ここで見る?」
「歩くの疲れたし、ここで見ようよ」
私たちはベンチに座って花火が上がるのを待つ。急いで見やすいところ行くよりも、こうして2人だけの場所で、もっと柊莉を見ていたいと思う。
―ヒューン
夜空に鮮やかで大きな花火が咲く。
―ドッドン
一発目の花火の大きな音が鳴り響く。そのあとに続き、ぞくぞくと綺麗な花火が空へと打ち上がる。
「花火上がった!綺麗だね!」
目を輝かせて、花火を見ている彼女を見る。
花火によっていろんな色に照らされた柊莉はいつにも増して色鮮やかで可愛くて、綺麗だ。
そんな柊莉をみて思わず、口を滑らせてしまう。
「好き」
花火の音に紛らわせて、呟いてしまう。彼女には届いてないようで安心する。多分、こんなに幸せな好きはもう二度と言うことはできないのだろう。この好きはただの独り言だ。彼女に伝える告白じゃない。
何にでも真っ直ぐな柊莉が好き。無邪気に笑うその顔が好き。人より距離が少し近くてドキドキしてしまう。
もっと一緒にいたい。もっと可愛い顔を見ていたい。手を繋いで歩きたい。付き合いたい。
多分、次に言う“好き”はこんなに幸せな気持ちでは言えないだろうから。今、ありったけの大好きをあなたに伝えたいと思う。
花火が終わるアナウンスが聞こえる。お祭りに来た人はもう帰えろうとしている。
私は帰りたくなくて、この時間が終わってほしくなくて、流れに逆らおうとした。
でも、非常にも終わりはやって来て、柊莉は私に帰ろうかと言ってくる。
頷き、流れに身を任せる。
お祭りがもう終わる。出口が近づいてくる。
告白の時間はすぐそこに迫っている。
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