第1話 願いごと

この紙一枚に願い事を書けば、それが叶う。七夕飾りとはそういうものだ。しかし、現実はそう甘くない。短冊に願い事を書いたとして、私の願いは到底叶いそうにない。ため息をつき、自分の短冊を見つめる。


「まだ書いてないの?」


柊莉が覗き込こむように、私の短冊を見る。


「うん、まだ」


「そんなに深く考えないでいいんじゃない?ただのお祭りの飾りなんだしさぁ」


 この短冊は今週末にある七夕祭りの飾りの一つだ。商店街を通った人に短冊を書いてもらい、大きな笹に吊るす。他にも、祭りには屋台や踊りなどもあり、花火も打ち上げられる。意外と大きなお祭りになっている。


 柊莉はこういう行事ごとに積極的に参加したがる性格で、今日はそれで、学校に帰り道に商店街に寄り、短冊を書くのに付き合わされている。


 「そういう柊莉はなんて書いたの?」


 「私はね…詩織とこれからもずっと一緒にいられますようにって書いたよ」


 「えっ!?」


 「だって私たち友達じゃん!」


 「うん…そうだよね」


 そう、私たちは友達だ。そして私も彼女とこれからも一緒にいることを望んでいる。けれど、望んでいるのは友達という関係じゃない。本当は違う形で彼女と一緒にいたいとそう思っている。


「じゃあ、私とお揃いにしたら?そしたら効果が2倍ありそうだしさ」


「確かにそうだね…」


 でも、彼女が願う一緒にいたいと私が願う一緒にいたいは全くの別物だ。


 柊莉が願うのは“友達”としての関係。私が願うのは“恋人”としての関係。


 短冊に書いたとしても、2倍の効果はもらえそうにない。しかも、どちらか一方の願い事は叶わない。まあ、今のところ私の方が叶いそうにないのだけど——書いても叶えそうにない願い事なら、書かない方がましだ。


「一緒の願い事、いや?」


 柊莉の顔がさらに近づく。


「いやじゃないけど…ちょっと恥ずかしい」


 とっさに思い付いた適当な理由を並べる。


 本当はこの短冊にいろんなことを書きたい。恋人つなぎで手を繋いでみたいし、デートだってしてみたい。柊莉と友達じゃない関係で叶えたいことは山ほどある。だけど、こんなにたくさん願い事があるのに、叶えられる気がしない。


 なぜなら、柊莉と私は友達でいることを約束したのだから。


 短冊に書いて、この気持ちが出てしまったらもうそれを止めることはできないと思う。それを飾り付けてしまったら、彼女との関係さえも失ってしまうかもしれない。友達でいる約束を破ってしまう。そうなったら、柊莉とは友達のままじゃいられないし、彼女と一緒にいることさえもできなくなってしまう。だから、短冊に何もかけないまま時間だけが過ぎていく。


「家に帰って書いてもいい?」


「まあ、いいとは思うけど…そんなに固く考えないでいいんだよ?」


 そう言って、彼女は笑う。


 私たちはそれぞれの帰路に向かった。


***


 空には雲がいっぱいで、太陽のこぼれ日さえ、届かない。


 結局、家に帰っても何も思い浮かばず、一晩開けて、学校に来て考えてみたものの一文字も思い浮かばない。


 柊莉と帰る時の待ち合わせ場所である、図書室へと向かう。柊莉は部活で遅くなるらしい。


 図書室のドアを開けて中に入る。


 涼しいエアコンの風があたり、とても気持ちがいい。いつもの席に座り、何も書かれていない短冊を取り出し、願い事を考える。


 「柊莉と一緒にどこかに遊びにいきたいな」


 でも、そんな簡単な願い事でさえもやっぱり、短冊に書けない。

 どうしても、友達としての感情でこの願い事を書けない。書きたくない。友達としてではなくて、恋人としての想いが上回る。


 柊莉は隣にいてほしい存在だ。その隣の席を失いたくない。ずっと一緒にいて、隣で笑い合っていたい。そのためには、友達のままでいるしかない。

 

 本当に書ける内容がなくて、どうすればいいのかわからなくなる。


 短冊に一筋の光が差し込む。


 窓の外を見てみると、雲の隙間から太陽が出てきたようで、暗かった空模様が少し明るくなっている。


 グラウンドの方を見る。外にはサッカーや野球など、部活をしている人たちで溢れている。


 その中でも、グラウンドのトラックを懸命に走っている女の子が見える。


 柊莉だ。


 柊莉は1年生のころ、バスケ部だったが、今は陸上部に所属している。バスケ部を辞めた理由を尋ねても、はぐらかされて答えてくれない。友達と思ってくれているなら、教えてくれたってと思う。


 一生懸命に走る柊莉を見つめる。前向きに、ひたむきに走り続けている柊莉の姿はとっても素敵だ。胸の奥が高鳴って、体が熱くなる。


 ああ、やっぱり柊莉が好きなんだなと改めて思う。


 窓の外にいる彼女に窓越しで触れる。


 彼女は遠くにいて、私に振り向いてくれない。どうにかして彼女に振り向いてほしい。こっちを向いてほしい。私を好きになってほしい。


 やっぱり、この好きな気持ちを抑えられそうにない。友達としてではない違う目で私を見てほしい。


 短冊を見つめる。


 今なら、願い事が書ける気がする。


 ペンを持つ。流れる水のように願い事が湧いてくる。何を叶えたいかうーんと悩んで、その中で一番叶えてほしい願い事を書く。


 いつの間にか日が落ちて、部活動生は帰り支度を始めている。


 しばらくすると、柊莉がごめん遅くなったと元気よく図書室のドアを開けて現れる。


 大丈夫と返すと、良かったと微笑みが返ってくる。


 この微笑みをもう見られなくなるかもしれないと思うと気持ちが暗くなる。


 「そういえば、短冊かけた?」


 柊莉が机にある短冊を見つけ、尋ねてくる。


 「書けたよ、見る?」


 柊莉に短冊を渡すと、ニコリとしてこちらを見つめてくる。


 「結局、私と一緒にしたんだね、お揃いだ」


 「うん、これからもよろしくね」


 私はやっぱり柊莉と一緒にいたい。友達じゃなく恋人として。だから、告白しようと思う。

 

 でもこの願いは叶わないだろうから。彼女に振られる前に——彼女と一緒にいられなくなる前に思い出が欲しい。


 「ところでさ、今週末にあるお祭り一緒に行こうよ」


私はお祭りが終わった後、姫坂柊莉に告白をする。


 だからせめてこの関係が終わってしまう前に、柊莉と会えなくなる前に彼女との思い出を残したいと思った。

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