『栄光の弦楽猿合奏団』 最終の2


 いまだに、燃えるように輝く、しかし、かなり西側に移動した満月を見上げながら、ヘレナ王女は、g-moll(ト短調)の無伴奏ソナタの頭を弾き下ろしました。


 


 もう、驚嘆するような、厳しく、鋭いやいばで身体を貫かれたような、しかし、信じがたいほど、強く、魅力満載の音が、そこらじゅうに響き渡りました。


 『むむ。まるで、レベルが違う。』


 ヤマーシンのすぐ側に来ていたアマティさんが、思わず吐き出しました。


 いや。実際そうだったのですから、むりはありませんでした。


 ヘレナさんは、残された現代人類最高で、過去に照らしても、最高ルベルのヴァイオリニストなので、それで当然だったのです。


 『なんだ、あの、楽器は?』


 ストラディヴァリウスさんが、やや、押さえた声で言います。


 『楽器もだが、しかし、やはり、演奏者だ。』


 アマティさんが答えました。


 『むっ。』


 ストラディヴァリウスさんは、黙りました。


 きんしこうの、グァルネリさんは、鋭い視線をヘレナさんに向けて、ただ、聴いています。



 これは、人類が書いた最高の音楽でもあります。


 よっつの楽章があります。



 アダージョ


 フーガ、アレグロ


 シシリアーナ


 プレスト



 とてつもない深さと、華やかさと、偉大なテクニックと、次元を超越するような神秘の力があります。みっつのソナタの最初を飾るのに、最高の音楽でもあります。


 始めの音だけで、聴く人を、異世界に連れて行くような力が必要です。


 そのあたり、ヘレナ王女さまは、完璧です。


 ヘレナさんは、しかし、ある意味、技巧をまるで感じさせない、魔法のような演奏をします。


 彼女には、技巧は、つまり、まるで、困難なものではないように、見えるのです。



 ルイーザさんは、普段はおとなしいお嬢様で、ヘレナさんは、かなり、やんちゃなのですが、こと、演奏になると、性格が逆になります。


 上品で、軽やかで、クールなヘレナさん。


 情熱的で、燃えるように奔放なルイーザさん。


 しかし、たまには、実は、入れ替わっていたりするみたいです。まず、わかる人は少ないのでした。


 ヤマーシンさんは、それを見抜くのです。


 ふたりは、どうやら、見破れる人がいるかどうか、楽しんでいるらしいとも。



 やがて、ヘレナさんは、にこやかに、4楽章をみごとに、弾き終えました。パーフェクトです。しかし、それをはるかに越える演奏でした。


 そこにいた全員が、猿属も、人間も、双方の兵士を含め、みな、拍手を惜しまなかったのです。


 『すごい。すごい。』


 と、グァルネリさんは叫んでいました。


 あたりは、しばらくは、その余韻から、覚めなかったのです。



 つぎに、コンサート・マスターの、キズニ・タマニョさんが、岩の舞台に上がりました。


 第2番は、a-moll(イ短調)。


 やはり、楽章は、4つです。


 弾きこなすには、ものすごいテクニックを必要とします。


 とくに、最終楽章は、すでに、体力を十分使っているところに、極度のテクニックと、精神力、持続力を要求される難関です。


 俗な言い方をすれば、これは、まさしく、バトルなのです。


 

       🎻

 

 

 


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