望みは叶えなければ

三鹿ショート

望みは叶えなければ

 今日もまた、謝罪の言葉を吐きながら地面を掘る。

 私が父親の命令で連れてくることが無ければ、この女性はどれほど長く生きることが出来たのだろうか。

 女性に対して申し訳なく思っているが、父親の命令に従わなければ、私の生命も危うくなってしまうのだ。

 ゆえに、これは仕方の無い結果なのである。


***


 私の父親は、醜い外貌である己を嫌っていた。

 だが、そんな父親を、私の母親は愛していた。

 周囲の人間は、私の父親を愛する人間が現われるなど信ずることができない様子だったが、それは間違っていなかった。

 私の母親は、父親の金銭が目的だったのである。

 見目は悪いが、私の父親は有名な企業に勤めているために、給料が良かった。

 私の母親はその金銭を得るために私の父親に近付き、表では愛情を示しながらも、裏では別の若い男性と関係を深めていた。

 しかし、その裏切り行為は、私の父親の知るところとなった。

 激昂した私の父親は、道具など使用することなく、己の拳で二人の生命を奪うほどに殴り続けた。

 それ以来、私の父親は、全ての女性を憎むようになった。

 だが、手当たり次第に女性を手にかけるということはなく、私が自宅に連れてきた相手を襲うようにしていた。

 父親ではなく、美しい母親に似たのだろう、私が声をかけると、女性たちは顔を赤らめながら私の誘いを受け入れていた。

 母親に似ていたことを、私は嬉しく思った。

 そうでなければ、これほどまでに容易に女性たちを自宅に連れて行くことが出来なかったからだ。

 父親の望みを叶えることができなければ、私が代わりに殴られてしまうのである。

 ゆえに、女性たちには申し訳ないが、簡単に心を許してくれることが有難かった。


***


 その日もまた、一人の女性を自宅に連れて行った。

 父親が行為を終了させるまで自宅の外で待っていると、下着姿の彼女が自宅の中から飛び出してきた。

 私の父親から逃げ出すことが出来た人間はこれまでに存在していなかったために、私は驚きを隠すことができなかった。

 至る所から出血している彼女は、私の肩を強く掴むと、助けを求めてきた。

 しかし、私にはそうすることができない。

 彼女が死を受け入れてくれなければ、私が傷つけられてしまうのだ。

 それを伝えると、彼女は私の頬を平手で打った。

「あなたの父親さえ消えてしまえば、苦しむ人間が消えるのです。そのような単純なことも分からないほどに、あなたの思考は止まってしまっているのですか」

 そう告げられ、私は感心の声を漏らした。

 それほどの単純な事実に、何故気が付かなかったのだろうか。

 彼女の言葉通り、父親に支配されていたことで、私は思考することを止めていたのだろう。

 だが、彼女の言葉で、私の目は覚めた。

 私は彼女と共に、父親に反旗を翻すことを決めた。

 一人ならば不安だが、彼女が協力してくれるのならば、心強い。

 自宅の中に入ると、彼女に殴られたと思しき父親が気を失った状態で床に転がっていた。

 今が好機とばかりに、我々は思い思いの武器で父親を攻撃していく。

 途中で意識を取り戻した父親は暴言を吐くが、動くことが出来ない様子だったために、我々が手を止めることはなかった。

 やがて、父親の生命活動は終了した。

 念のためにと、彼女は私の父親の心臓を取り出すと、それを踏み潰した。

 これにて、諸悪の根源は完全にこの世を去ったということになる。

 私は、これまで埋めてきた女性たちに報告した。

 そのような行為に意味が存在するとは考えていないが、何もしないよりは良い。


***


 自分たちが犯した悪事を口外させないために、監視の意味も込めて、私と彼女の関係は今でも続いている。

 私は会う度に、彼女に対して謝罪の言葉を吐き続けていた。

 彼女は私のことを完全には許していない様子だが、私もまた被害者であると理解しているらしい。


***


 彼女に呼び出された先は、病院だった。

 指示された病室に向かうと、寝台には見知らぬ少女が眠っていた。

 その傍らでは、彼女が涙を流していた。

 事情を訊ねると、眠っている少女は彼女の妹であり、見知らぬ人間たちに乱暴されたという話だった。

 傷だらけで、意識を失っている少女を見ていると、心が痛む。

 私が同情の言葉を吐くと、彼女は涙を流しながらも、強い口調で、

「妹を傷つけた人間を見つけ出しましょう。そして、罰を与えるのです」

 彼女の妹が酷い目に遭ったことには同情するが、何故、私が協力しなければならないのか。

 それを問うたところ、彼女は私を睨み付けながら、

「あなたが父親に協力したことで奪われた生命の数を思えば、今さら一人や二人増えたところで、問題は無いでしょう」

 彼女はそう告げてから、妹の額に口づけをすると、早足で病室を後にした。

 困惑しながらも、私は彼女を追うことにした。


***


 彼女と共に、妹に乱暴をしたという男性を見つけ出しては、宣言通り罰を与えていった。

 彼女は刃物を手に男性たちを傷つけていくが、私はその行為に加わることができなかった。

 何故なら、私にとって彼らには何の恨みも無いからだ。

 彼女の言葉に従って発見に協力したものの、それ以上の行為に及ぶことは考えていなかったのである。

 男性たちの生命を奪った彼女は、返り血を浴びた状態で私に告げた。

「他者の生命を奪うことに協力しておいて、自分は手を汚そうとしないとは、あなたは卑怯な人間ですね」

 他者を殺めている人間に言われたくはない。

 しかし、私は逆らうことができなかった。

 もしも反抗的な態度を見せた場合に、何をされるか分からなかったからだ。

 傷つけられることを恐れた私は、言葉を飲み込み続ける。

 結局のところ、私は己よりも強い人間の望みを叶えるための存在なのかもしれない。

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