第12話 タルカの心配事とレッスン
次の日私は母の側仕えであるアルセーラに着替えを手伝ってもらい、側仕えのタルカがくるのを待った。
(昨日は結局寝れなかった…。)
下町は私の中で唯一何も考えられずにいられる場所だった。私は生まれたときから、若くして処刑される未来が見えていて、領主の娘と言う立場だったから自由と呼べる場所がなかった。今思えば下級兵士の娘リディーは私の願望だったのかもしれない。そんなことをぐるぐる頭の中で考えていたとき、タルカが部屋へとやって来た。
「お嬢様。朝食のお支度が整いました。」
「そう…今向かいます。」といって席をたったとたんにタルカが扉を閉めた。
(…?)
「どうした?何があった?」
「何って…なんのこと?」
「明らかに顔色が悪い…俺には言えないことか?」
(タルカが幼なじみの口調になっている。)
「…」
(タルカになら…言ってもいいのかな?)
「実は…」と私はぽつりぽつりと呟くように昨日の出来事を話した。
「お母様の気持ちもわかるの…でもそれでも下町は私にとって…。」
「お前の顔を見れば、下町がお前にとってどんなところかわかっているよ。」と頭を撫でながら優しく呟くタルカを私は抱き締めた。
「タルカ…。」
「俺が力になれることはするよ。心配すんな!」とタルカは笑った。その時、ノックの音がして、外からアルセーラの声がした。
「お嬢様、領主様と奥様が広間にお集まりです。」
「わかっています。今参ります。」
(ありがとうタルカ。)
私は抱き締めた腕をそっと離すとタルカにお礼を言って広間へと向かった。
(もう大丈夫だから。)
タルカが私のことを考えてくれている。私以上に私のことを考えてくれる人がいる。それだけでも頑張れる。
「お待たせいたしました。お父様、お母様。」
「何かありましたか?」
「いえ、何も。」といって席につくと、側仕え達があわただしく朝食の準備に取りかかった。私たちの前にきれいに磨かれたカトラリーが並べられ食事が運ばれてくる。
昨日の寝不足だったせいか少しでも食べないといけないのに食事が喉を通っていかないなか、なんとか自分の分を食べ終えると、先に食べ終わっていたお母様がアルセーラに合図を送った。
「朝食が食べ終わりましたら、お嬢様はレッスン室へとご移動ください。午前中はマナーのレッスンをしたあと、昼食後にバイオリンのお稽古がございます。」
「イレーヌ、昨日の約束を覚えていますね?」
「はい、お母様。」
私は作り笑顔をしたままそういうと、レッスン室へと向かった。
レッスン室は学校の教室ぐらいの大きさの部屋だ。
中央に6人用の椅子と机、部屋の隅には壁に向けて3段ぐらいの階段設置されている。普段は部屋の前方の何もないスペースでバイオリンのお稽古をしている。
私がついて数分後にお母様がやって来た。
「それではレッスンを始めます。貴族の子女は学園に入学する前の7才の春までに領地の貴族に御披露目を行います。御披露目は、楽器の演奏や歌など様々ですが我がアンフォード家では代々バイオリンの演奏を行っています。そして、あなたも御披露目までにバイオリンの演奏だけでなく、貴族子女としての社交性やマナーを学ぶ必要があります。」
「はい、お母様。」
「ではまずそこの階段で歩きかたを学びましょう。」
私は部屋の隅にある階段で歩く練習をする。
「当日は、裾の長いドレスを着ますから、裾を指先でつまみながら歩くように。」といわれて私は裾をつまみながら階段を登った。
「足元を見てはなりません。足元を見ると猫背になり美しくないでしょう。それと、歩くときは、胸を張り視線はまっすぐ。」
「わかりました。お母様。」
「顔が怪物のような表情になっています。もう少し緩めるように。歩幅が大きすぎます。もう少し小さく。」
一歩歩く度にダメ出しが続き、それは昼近くまで続いた。
「もっとはやくマナーのレッスンをしておくべきだったわ…御披露目までに間に合うようにしなければ。とりあえず昼食をとりましょう。」といってお母様は自分の側仕えであるアルセーラを呼びレッスン室の机に昼食を準備させた。私は自分の頭の中で先ほど言われたダメ出しを呪文のように何度も唱えながら席についた。
(えっと、視線は真っ直ぐ、服はつまみながら歩く…歩幅は小さく。あとは…)
「ありがとう。アルセーラ、イレーヌ食事の準備ができたのでいただきましょう。」と言って食べ始めたとき、お父様の右腕でタルカの父親であるキールが部屋に入ってきた。
「奥様、お食事中失礼致します。」
「キール、旦那様に何かあったの?」
「はい、旦那様から言伝てを預かっております。」
「何かしら?」
「本日の昼食後にお嬢様と奥様と少しお話をしたいそうです。」
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