8年前、6月13日 こころ

 その日は昔からほぼ皆勤賞の治子が珍しく大学に来ていなかった。

 1限の講義で隣にいるはずの姿がなくて、二限目で私の斜め前に座っている治子の彼氏の隣には、知らない男子が座っている。


 空きコマである3限目は近くのカフェに立ち寄った。


 壁一面がガラス張りになっていて、窓際に座ると外の景色がよく見える。

 いつも治子はここで、クリームソーダを飲みながら読書しているので、真似てみることにした。

 今日は曇っていて気温が低いので、ホットのアップルティーを頼む。

 持ってきた本はこの間治子が呼んでいて気になってしまった夏目漱石の『こころ』だ。


 ちょうど紅茶が運ばれてきた時、ピコンとスマホが音を出す。

 点灯した画面は治子からのメッセージが来たことを知らせている。


『今日は大雨だね。梅雨だからかな。』


 アプリを開くと相変わらず飾らない治子の短文が目に入る。

 ……さっきまで降ってなかったけどな。

 耳をすましても雨の音は聞こえず、窓の方に目を向けても雨が降っているようには見えない。

 空は今にも雨が降りそうなほど曇っているが、天気予報でも降水確率はそれほど高くなかった。

『降ってないよ?』と返信すると、すぐに既読がついた。


『そっちは降ってないんだね。』


 1分も経たずに返信がきた。

 治子はどこかに出かけているんだろうか。

 どこに行っているのか聞く前に治子から続きが送られてくる。


『ナオ大好きだよ。』


『急にどうしたの(笑)』


 脈絡もなく急に送られてきた言葉に驚きつつ、笑いそうになりながら聞く。

 既読はついたのになかなか返信が来ない。


『なんでもないよ。』


 メッセージの端に表示されている時間は、前のメッセージから2分も経過していた。

 本人はなんでもないと言っているがやっぱり心配だ。

 すぐに『大丈夫?』と送信したが、何分待っても既読はつかない。


 学校をサボって出かける、突然大好きだよなんて送ってくる、何だか変だ。

 電話をかけてみるが繋がらない。


 スマホで全国の雨雲レーダーを見てみると、関東あたりはかなり雨が降っているようだった。

 治子は関東に行っているんだろうか。

 何をしに?関東のどこへ?


 明日学校にきたら問い詰めよう。

 そわそわする心を落ち着かせるべくまだ温かい紅茶を一口啜る。

 それでもおさまらない不安な気持ちを無視してまた本を開いた。


 次の日も、その次の日も治子は学校に来ず、メッセージの既読もつかなかった。

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