11年前、6月13日 舞姫

 あの日から私も他の子と登校するようになって、一度も治子と一緒に登校していない。

 下校も同じで、普段は休み時間に少し話すだけになった。

 “親友で幼馴染”から“少し仲のいいクラスメイト”のような関係になってしまった。

 メッセージを送り合う頻度も減って、既読がつくのも遅くなった。

 高3の6月。進路決定の時期なのに、治子が今までのように私の進路を聞いてくることもない。


 去年は治子があのお呪いに誘ってくることもなかった。

 今はもうの放課後なのに誘われていないと言うことは、今年も同じなのだろう。


 こんなに距離が遠くなってしまったのに、本の送り合いだけは続いている。

 治子がくれるのは相変わらず少し固い印象の近代文学で、今年は森鴎外もりおうがいの『舞姫』だった。

 文語体が難しくて苦戦したが、スマホで語句を調べながらなんとか読み終えることができた。

 治子が好きそうな話だなと思う一方で、2年連続で恋愛小説で少し驚いた。

 今まではいろんなジャンルの本をバラつきよく選んでくれていて、似たような話が連続でくることはなかったのに。


「奈緒美〜帰ろ〜。」


「うん、帰ろ。」


 廊下から声をかけてきた4人の友達に手を振りながら早足で教室を出る。


 たまたまかもしれないが、私は治子の嗜好が変わったのだと思っている。

 そしてその理由は、治子に彼氏ができたからだ。

 去年の6月13日、治子は告白されて彼氏ができたらしく、それから毎日彼と登下校している。

 だから私もこうして別の友達と一緒に過ごしているのだが、寂しくないと言えば嘘になる。


 確かに友達よりも彼氏の方が大切かもしれない。

 私より彼氏の方が好きかもしれない。

 私も彼氏ができたら、治子に割く時間を減らしてしまうしれない。


 でも、こんなにも一緒にいられなくなるものだろうか。

 それともやっぱり治子は怒っていて、私のことが嫌いになってしまったのか。


 廊下を歩いて階段にくると、一つ下の踊り場に治子の姿があった。

 隣には派手な色の髪をした背の高い男子がいて、互いの手に指を絡めあっている。


 ――また違う人と一緒にいる……。


 2人のことを見ていると、こちらを見上げてきた治子と目が合った。

 整った口角を左右対称に吊り上げ、人形のような整った笑顔を浮かべている。

 まっすぐにこちらを見つめる大きな瞳は曇っているように見えて、何を考えているのか全くわからない。

 治子はふいと視線を外して、階段を降りていった。


「あいつ、今めっちゃこっち見てなかった?」


「モテますアピール?うっざ。」


 治子がこちらを見ていたことに気づいたようで、みんな怪訝そうな顔になる。

 怒ったような話し声は大きくて、治子達に聞こえてしまいそうだ。

 彼氏ができたといってもあまり長続きしていないようで、治子の側にいる男はコロコロ変わっている。

 そのことをよく思っていない人も多く、治子は一際浮いた存在になっていた。


 ……今年はあの人とお呪いをするんだろうか。

 去年もきっとその時の彼氏として、その前は新しくできた彼氏としたんだろう。


『2人だと心中みたいで素敵。』


 そんな言葉を言って、あの愛おしそうな笑顔を向けているのだろうか。


「まじうざいよねー。ねぇ、奈緒美?」


 私が黙っていることに気づいたのかはわからないが、みんなが一斉に私を見た。

 緊張からか乾いた喉に力を入れて、なんとか声を絞り出した。


「…………うん、そうだね。」


 あははっと出た愛想笑いは酷く乾いていた。

 私の笑い声に釣られてみんなもあははと笑いだす。

 声が治子に聞こえていないか、治子が傷ついていないか気になって仕方がなかった。


 だけどここで合わせなければ、きっと嫌われてしまう。

 そしたら治子みたいに、私と一緒にいてくれなくなってしまう。

 それがどうしようもなく怖くて、みんなの意見に賛同することしかできない。

 首を横に振ることは決してできない。

 どうしようもなく1人が怖くて、にこにこと相槌を打ちながら話を聞いているだけの私に、私自身が1番うんざりしている。

 保身のためだけにいい子の治子を悪く言えてしまう自分が、大嫌いだ。


 ごめんね治子、なんて心の中で謝っても、誰にも許してもらえない。

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