13年前、6月13日 女生徒
お呪いが聞いたのか、勇気を出すきっかけになったのかはわからないが、あの頃から少しずつ人と緊張せずに話せるようになっていった。
治子以外の友達も増えて、よく遊ぶようになった。
治子と一緒に帰れない日や話さない時間が増えたけど、登校は変わらず毎日一緒だ。
「ナーオ、今日は何の日でしょうか!」
今日も片手に本を持った治子が弾んだ声で聞いてくる。
太宰治の『女生徒』と書かれた桃色の表紙の本は治子が持っている本の中では、まだ汚れていない方だった。
「えー、今日何かあったっけ?」
首を傾げる私を見て、治子は「お呪いの日だよ!」と答えた。
黒板端の日付は6月13日。去年も似たようなやり取りをして、こうして日付を見た気がする。
「今年もやろう?」
期待に満ちた目を向けてくる治子に申し訳ないなと思いながら首を横に振る。
「ごめん、今日友達とクレープ食べに行く約束してるから一緒に帰れないの。」
治子は一瞬悲しそうに目を伏せたが、すぐにニコリと綺麗な笑顔を浮かべる。
「……そっか、じゃあ仕方ないね。」
大きな目を少しだけ細め、きゅっと閉じられた桜色の唇を軽く吊り上げた笑顔。
――治子って、こんな風に笑うっけ?
「奈緒美ちゃーん、行こ!」
違和感がちくりと刺さるように引っかかったが、バイバイと治子に手を振って席を立った。
背中に治子の視線を感じたが、気づかないふりをした。
クレープは美味しかったし友達と話すのは楽しかったが、治子のことがずっと気になっていた。
もう一度謝ろうとスマホを取り出すと、ちょうど治子からのメッセージを知らせる通知が鳴った。
ロックを解除すると、治子とのやりとりが表示される。
『明日から一緒に登校しなくていいよ。』
スタンプや絵文字の使われていない淡白で治子らしい文章でそう書いてあった。
『怒ってるよね?本当にごめんm(_ _)m』
『別に怒っていないよ。』
約8年一緒に登校しているのに突然そんなこと言うなんて、よっぽど怒ってるに違いない。
そう思って急いで返信するが、飾り気のない文章からは全く感情が見えない。
『本当にごめん』
『私は本当に怒っていないよ。』
ふざけてるように見えないよう、装飾のない文章で何度も謝るが、治子は怒ってないの一点張りだ。
怒っているようにしか見えないが、『じゃあどうしたの?』と聞いてみる。
既読がついてから2分ほどして返事が送られてきた。
『他の人と行くから。それだけ。』
素っ気無く感じる文を見て、焦っていた頭が余計に混乱する。
私と行くのが嫌になちゃったの?
私よりその子の方がいいの?
私以外に一緒に登校できる友達いたの?
その子がいたら私はいらないの?
既読をつけたのだから早く返信しなければいけない。
だけどぐるぐると疑問ばかりが頭を回って、手を動かさずにじっと画面を見つけることしかできなかった。
「奈緒美ちゃん、この後カラオケ行こーって聞いてたぁ?」
「あっごめん。行こ行こ!」
急いで返信してスマホを鞄にしまい、昨日のドラマがどうだったなどという会話に参加する。
これは夜家に帰ってから確認したのだが、『わかった』という私の短い文には既読がつけられただけで、返事は来ていなかった。
あのお呪いを、私じゃない誰かとしたのかな……。
そんなことを考えながら、眠れないと訴える瞼を無理やり閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます