第5話 ハルカ彼方より
本当は全部知っていた。
例の「現代のかぐや姫事件」の事も。
彼女の恋心の事も。
全て知った上で。
知らないフリをした。
それが正解だと思ったから。
私は彼女想うばかりで。
自分を殺していた。
世界に殺されていく彼女を見ていられなくなって。
思わずその扉を開いた最初の時。
そこはぐちゃぐちゃの家具と。
一枚の写真立て。
中学卒業の時に取ったツーショット写真が飾られていた。
「ああ、そうか、こんなにも簡単だったなんて」
春に彼女が部屋に引きこもったその時。
私は彼女の傍にずっといると決めていた。
ドア越しにも分かる掠れた声。
私の用意したお弁当を食べてくれるか不安だった。
だけど、まあ、きっと食べてくれる。
そんな確信めいたものがあった。
後日、確認してみれば、一片の食べ残しも無い、包みがドアの前に置かれていた。
私は思わず笑みをこぼした。
「本当によかった。あなたが生きていてくれて」
直接は伝えない。だけど、きっといつか伝えられる日が来る。
そう思って。
夏、暑い暑い道を自転車で行く。
目指すはセツナの家。
着くとセツナのお母さんが出迎えてくれる。
「いいの? ハルカちゃん、うちの子ばっかり、ハルカちゃんだって」
「いいんです。自分がしたいことをしてるだけですから」
「……ありがとね」
「はい」
セツナとのやり取りは取り留めもない、だけど互いの心に傷をつけるような。
そんな矛盾した想いのぶつけ合い。
私はそっと声をかける。
すると寝息が聞こえてきたことがあった。
ガンガンに冷房をかけた部屋、なにもかけずに床に横になっているセツナにそっと着てた薄いカーディガンをかけた。少しでも彼女が風邪をひかないようにと。
願いを込めて、わたしはただ、それしか出来なくて、歯がゆかった。
秋。
一番、思い出深い秋。
私が手紙を書いたあの日。
手紙の中には全ての告解が入っていた。吐いていた。
『拝啓、セツナへ、なんて堅苦しいね、本当はさ、いじめのこととか全部知ってた。セツナが私の事を好きでいてくれることも知ってた。だけど、知らないフリをした。なんでだと思う? 分からないよね。私にも分からないもん。それが正解だと思ってたんだ。だけど、どんどん苦しんでいく君を見て、後悔した。全部吐き出した方が正解だったんだって思った。でもそしたら、きっとセツナは壊れちゃう。それが怖かった。私は北風にも太陽にもなれない。あなたを此処から連れ出せない。そんな想いに駆られて、筆をとりました。きっとあなたはこれを読まないでしょう。勘がいい子だからね、だけど、それでいいと思う。私とあなたの距離感はこれでいいと、今は思う事にする。だけどいつの日か、きっと触れ合える日が来たら、私達、とびきりの恋をしよう。ハルカより、敬具』
そんな便箋を封筒に閉まって。
返って来た手紙はこんなものだった。
『ハルカへ。わたしはあなたのことが好き。文字でならやっとと言える。あなたの桃色がかった髪が好き、柔らかい肌が好き、はにかむ笑顔が好き、優しい所が好き。わたしなんかを好きでいてくれるところが好き。だけどそれはきっと都合のいい幻想、わたしの思い込み、だから忘れさせて、あなたのことを忘れさせて、わたしには耐えられない。あなたのいる世界もいない世界も耐えられない。矛盾してると思うけど、そういうことなんだと思う。わたしはどうしてもあなたに触れられない。こんな気持ち悪いわたしの想いは海の底に沈めてしまいたいとまで思った。だけど、やっぱり伝えずには死ねなかった。だからこうして手紙で書いてます。きっと次合う時はわたしはもうまともじゃない。この想いを伝えてしまったから。後悔と嬉しさと悲しみでいっぱいになってるだろうから。セツナ』
そんな手紙を読んでひどく後悔した。
気持ち悪くなんかない。
あなたは正しい。
否定する方が間違っている。
私の想いは変わったりしない。
――そして再びの春が来る。
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