第2話 夏空は蒼く


 世間は夏休みに突入した。

 災害級の猛暑。

 年中不登校のわたしには関係のない話。

 だけど、また、彼女が来た。


「セツナー? いるー?」


 いるに決まっている。引きこもりなのだから。


「なによ、もう」

「いつまでそうしてるつもり? もう学校に行かなくてもいいんだからさ」


 それは夏休みだから、という意味だろうが。

 関係無い。

 街にくり出したら最後、学校の連中と出会うかもしれない。

 それだけで身の毛がよだつ。


「ほっといてよ、わたしはここにいるの」

「そうはいかないよ、私はセツナの友達だからさ」


 友達、それは、わたしがなりたい存在から最も遠い場所。

 ハルカ、私はあなたと――

 そこまで思って吐き気がした。

 とことん■■沙汰にトラウマを持ってしまったらしい。

 ■心なんて持ったら最後、自死してしまうかもしれない。

 わたしはわたし足りえるものを捨て去ってしまったのだ。

 蝉の抜け殻、それが私。

 土の中に秘めた■心は土の中で死んでしまった。

 あと七日の命、頼る者の無い。

 そこに、ハルカが現れた。

 それは予想外で規格外で想定外。

 怒涛波乱の急展開。

 春から続くドア越しの関係は。

 夏まで続いているのだった。

 私はこれからどうなるのだろう。

 ハルカとずっと一緒にはいられない。

 その内、彼女も大学生になる。

 はたまた社会人になる。

 わたしになど構っていられなくなる。

 それがどうしようもなく寂しくて。

 泣きそうになった。


「今日はお菓子を持ってきましたー!」


 嬉しそうなハルカの声。

 つられて嬉しくなる。

 だけど、そんな自分が心底嫌いで。

 この心ごと深海にでも沈めてほしかった。


「パンケーキ! メイプルシロップはね、もう練り込んであるのー、えへへ、偉いでしょー」


 ハルカは本当にかわいい。

 わたしなんかの十何倍もかわいい。

 だけど、だからこそ。

 わたしなんかの傍にいちゃいけない。

 そう思って遠ざけようとする。


「この暑いのにパンケーキとか」

「そっち寒いんじゃない? 冷房の風、ドア越しでも分かるよ」


 ハルカは本当に勘がいい。

 布団にくるまったわたしは蝉というより蓑虫だ。


「私さ、セツナの事情とか、まだ聞いてないんだ。噂ぐらいは、届いたけど、セツナの口から聞きたくてさ」

「……話したくない」

「じゃあ無理には聞かない。じゃあさ、代わりに私の秘密教えたげる」


 ドア越しにこそこそと話された内容にわたしは顔を真っ赤にする。

 この事は一生の思い出にしようと、そう決めた。

 誰にも教える事のない。私だけの秘密。

 そっとドアに口づけをした。

 我ながら本当に、気持ち悪い。

 だけど、そんな自分が嫌いになれないから。

 こうして足掻いている。

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