第49話

 私は挑むように、ラルヴァ男爵を見つめる。

「そういえば、ユーリックブレヒトを告発し、裁判にてアシュの親権を主張されるようですね」

「おや? お耳が早い。事が王族の血筋に絡むことなので正式に発表するまで内密にするように部下にはいい含めていたのですが、いやはや、人の口には戸は立てられませんな」

 ……ぬけぬけと、よく言いますわ。

 城に入ってから、疑問に思っていたのだ。ユーリックブレヒトに関する噂が広まるのが、早すぎる、と。

 ……ですがそれもこれも、ラルヴァ男爵が意図的に話を広げていた、というのであれば簡単に説明できますわね。

 ラルヴァ男爵がやろうとしているのは、貴族社会に対する一種の娯楽の提供だ。

 王族の血筋に連なるアシュを軟禁している、という事実無根の冤罪をぶち上げて、貴族社会で注目されているユーリックブレヒトの名声を地に落とす。

 血筋が重んじられるクロッペンフーデ大王国で、王族の血を蔑ろにするのは大罪だ。

 だからその罪を負った咎人に対しては、皆遠慮なく石を投げつけることが出来る。

 しかも軟禁しているのは子供ということで、石を投げる側も自分が絶対的な正義の立場になれるので、自身の行動を正当化しやすい。

 更に石を投げる相手は、飛ぶ鳥を落とす勢いで成果を上げ、注目されていたユーリックブレヒトだ。

 そうした注目を集めている人物が転落するさまはまさに悲劇的であり、そして石を投げる側からすれば非常に滑稽な喜劇でもある。

 だからラルヴァ男爵はこうしたセンセーショナルな話題を提供し、貴族たちがユーリックブレヒトに対して石を投げつけてもいいという雰囲気を作り上げたのだ。

 ……しかも裁判が、傍聴型というのも厄介ですわね。

 ユーリックブレヒトを裁き、アシュの親権について議論する場に、ユーリックブレヒトに石を投げたい貴族たちが大勢集まってくる。

 当然ユーリックブレヒトに石を投げる側が期待しているのは彼の完全敗北であり、むしろそれを見るために裁判に詰めかけるだろう。

 ……いいえ、自分も石を投げることで、勝者側に立った気持ちよさを味わいたいのですわね。

 そして、そんなラルヴァ男爵が圧倒的な優勢の中で、まともな判決がくだされるとは思わなかった。

 これが関係者同士だけの話し合いであれば、気にする必要はない。

 だが、回りが敵に囲まれている中自分の正当性を主張するというのは、どれだけ気が重くなり、辛く、そして寂しいことだろう。

 ……それでもユーリックブレヒトは、ずっとこんな事を一人でやってきましたのね。貴族たちの権謀術数と欲望が渦巻く醜い世界に、アシュを連れて行かせないために。

 そう感じることで、改めて確信する。

 アシュの父親は、ユーリックブレヒト以外考えられない。

「裁判というからには、ユーリックブレヒトの弁明も可能なわけですわよね?」

「もちろんですとも、セラ・ハーバリスト公爵夫人。被告人のユーリックブレヒトには、自らの罪を告発して頂かなくてはなりませんから」

 ……もう、勝った気になっておりますのね!

 一瞬、ラルヴァ男爵を罵倒する単語が一億個程思い浮かんだが、それらをどうにか私は呑み込む。

 今ここで闘っていても、何の解決にもならない。

 私は真っ直ぐに、ラルヴァ男爵を見返した。

「ユーリックブレヒトの証言が必要だというのなら、彼はまだこの城におりますのね? もちろん、アシュも一緒に」

 その言葉に、ラルヴァ男爵は嘲弄しながら首を振る。

「ユーリックブレヒトとアシュバルム様が、一緒に? まさか、そんなわけがありません」

「……どういう事ですの?」

 私の疑問に、ラルヴァ男爵がいやらしく笑う。

「考えても見てください。彼は王族の血に連なるアシュバルム様を軟禁していた、大罪人ですよ? そんな咎人を、アシュバルム様と一緒にしておくことなど出来るわけがありません」

「……だとしたら、アシュとユーリックブレヒトはどこに?」

「ユーリックブレヒトはその咎を問われる身。この城の牢屋に閉じ込められております。アシュバルム様については実の父親であるグルスドレーラーと一緒にいた方がいいだろうと王族の方に進言させて頂き、吾輩の屋敷で保護させて頂いております」

「なんですってっ!」

 ユーリックブレヒトが捕らえられているというのも衝撃だが、アシュがラルヴァ男爵の屋敷に連れて行かれたという話の方が衝撃的だった。

「アシュの身に何かあって御覧なさい! 私があなたを――」

「奥様!」

「落ち着いてください!」

 ラルヴァ男爵に食って掛かろうとした私を、ソルヒとショルミーズが引き止める。

 歯ぎしりする私を見て、ラルヴァ男爵は勝ち誇ったように笑った。

「いやはや、怖い怖い。やはり大罪人の妻は、同じ様に粗暴なお方のようだ」

「ラルヴァ男爵っ!」

「そう、イキリ散らさなくても心配いりませんよ。アシュバルム様の事を慮り、彼には王族の方々からお付きの方がつけられております。もちろん、吾輩の屋敷にご案内しておりますよ。そんな状況下でアシュバルム様に手を出すような不届き者は、このクロッペンフーデ大王国にはおりません。そんな事をすれば、たちまちこの国の王族を敵に回すことになるのですから」

 その言葉に、ひとまず私は安堵する。

 そのお付きという人がアシュのそばにいてくれる限り、愛しい息子の身の安全は保証されているだろう。

 しかし――

 ……逆に言えば、お付きの方がいなくなれば、アシュが危ないと言うわけですわね。

 そして、その期間はそう長くはないはずだ。

 いや、もっと具体的に言えば、ユーリックブレヒトの裁判でアシュの親権が決まり次第、王族は一度手を引くだろう。

 王族としては、アシュに手を出せばどうなるか、という警告をラルヴァ男爵に出した格好になる。

 ラルヴァ男爵が言っていた通り、彼が王族を敵に回すような下手な立ち回りはしない。

 アシュが、直接的に傷つけられる事はないだろう。

 ……ですが、心の方が問題なのです。

 たとえば、ゆっくり、時間をかけて、アシュにラルヴァ男爵に都合のいいような思想を植え付けていく。

 そうなればもはや、アシュは自分の意志で動く、ラルヴァ男爵の操り人形に作り変えられてしまう。

 そしてラルヴァ男爵の目的は、成り上がりにある。

 アシュを自分のそばに置くだけではなく、彼の血族に王族の血を混ぜたいと、自分の子孫を王族に連ならせ、それを操りたいと考えるはずだ。

 つまり、アシュはラルヴァ男爵の娘や孫娘たちと進んで交わるよう洗脳されて――

 ……絶対に、絶対にそんな風にはさせませんわよ!

 あまりのおぞましさに、吐き気がする。

 自分の子供や孫すら自分の出世のための道具としてしか扱っていないような奴らに、絶対に自分の息子を渡したりなんてしない。

 私は決意を新たに、口を開いた。

「状況はわかりました。それでは、こちらで私は失礼いたしますわ。行きますわよ、ソルヒ、ショルミーズ」

「今更何をしても無駄ですよ」

 自分の脇を通る私に、ラルヴァ男爵が忍び笑いを漏らす。

「そもそも、あなたはもうユーリックブレヒトから離婚されている立場にある。あなたに何の権利があってこの件に首を突っ込んで来ようとしているのですか? セラ・ハーバリスト前(・)公爵夫人」

「公爵夫人であっていると、そう申し上げましたわよ。ラルヴァ・リエスカ・アッタクヤ男爵」

 そう言って私は、振り返る。

「何の権利? そんなもの、あるに決まっているではありませんか」

 産みの母親が死んでいるからかしらないが、ラルヴァ男爵は父親にしか着目していない。

 その間違いを正すように、そしてそれが当たり前なのだと告げるように、私は笑った。

 

「だって、私はアシュの母親なのですもの」

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