第48話
城の中に入ると、もはや人の声で隣りにいるソルヒとショルミーズの声が聞こえないのかと錯覚した。
貴族連中の耳には既にユーリックブレヒト告発の噂が流れているのか、回りの話題は全てその内容で占められている。
「聞きましたかな? ユーリックブレヒト公爵の話を」
「まさかご子息が王族の血を引いているとは」
「ですが、ユーリックブレヒト公爵は元々クグバディール火山伯国出身だったはずでは?」
「ならば、お亡くなりになられたジメンドレ公爵夫人が王族に連なるお方だったということではないのでしょうか」
「しかし、ご子息はユーリックブレヒト公爵の実の息子というお話だっと記憶しているのですが」
「ラルヴァ男爵は、アシュバルム様の実の父親を保護されているというお話でしたな」
「となると、ユーリックブレヒト公爵が嘘をついていた?」
「だからこそ、ラルヴァ男爵の話に信憑性が増すというもの」
「左様。ユーリックブレヒト公爵とアシュバルム様に血縁関係がないのであれば、故ジメンドレ公爵夫人の連れ子という事になります」
「そうなると、あれ程社交界でアシュバルム様に他のものを近づけなかった理由もわかるというもの」
「王族の血を独占するため、ということですかな?」
「いやはや、なんとも恐ろしい。自分の血ではなく、王族の血が流れている子を自分の子として育てていたとは」
「恐れ多いにも程がありますな。公爵家という地位だけでは飽き足らず、王族とのつながりまで子供を使って維持しているとは」
「大方、ピクサーリーフ幸国やブーラレジア海洋領邦に対する外交の対応も王族の力で相手の国を押さえつけたのでしょう」
「実は、以前からユーリックブレヒト公爵の公務についての能力については疑問があったのです」
「私もです。あれだけの短期間で、そんないくつもの功績を残せるだなんてありえません」
「ですが、それも王族の後ろ盾があるというのであれば話は変わってきます」
「いやはや、我々は今まで騙されていたというわけですか。あの王族の子を軟禁するという大罪を犯した、ユーリックブレヒト公爵に」
「いや、もはや爵位も剥奪されるでしょう」
「相手はあのラルヴァ男爵です。ユーリックブレヒトを断罪するための段取りは整えられているでしょう」
「とはいえ、向こうの言い分もあります。聞くところによると、なんでも傍聴型の裁判形式でユーリックブレヒトは裁かれることになるようですよ」
「なんと! それは待ち遠しいですな」
「あの男のすました顔が、どの様に歪んでいくのか、今から楽しみです」
……皆、好き放題言い過ぎですわよ!
ユーリックブレヒトが自分から回りに好かれに行くようなタイプではないのは知っているが、だからといってああも適応な事を言われる筋合いはない。
そもそも彼がそれほど頑なに貴族社会で他者との関係を拒んできたのは、あなた達がそういう血と損得勘定でしか動けない人達だからではないか。
……ですが、流石に噂が広がるのが早すぎではありませんこと?
ユーリックブレヒトが城に呼ばれたのは、今日だ。
であるにもかかわらず、こんなにもラルヴァ男爵の告発の話が広まっている。
疑問に思うものの、私はひとまず足を動かすのを優先した。
まずは、アシュとユーリックブレヒトに会わなくてはならない。
彼らの無事を確認し、対策を考えなくては。
「奥様」
ソルヒに耳打ちされて、私は顔を上げる。
そこには二人の男が立っていた。
一人は、知らない男だった。よく日に焼けた肌に、藍色の瞳をしている。
だが、その浅黒い髪は見覚えがあるものだった。
……アシュと、同じ髪をしておられますのね。
そう思うものの、私の目はもう一人の方に釘付けになっている。彼のことは、私が社交界デビューをした場で認識していた。
その片眼鏡の男の名前を、話は歯噛みしながら口にする。
「ラルヴァ・リエスカ・アッタクヤ男爵っ!」
「おやおや、これはこれは、セラ・ハーバリスト公爵夫人。いえ、前夫人と申し上げたほうが正しかったですかな?」
「いいえ、公爵夫人であっております。所で――」
「ねぇねぇ?」
ラルヴァ男爵に話しかけようとした所で、隣にいた男が男爵にしなだれかかった。
彼の目は今この場所と言うより、何処かここではない遠くを見ているように揺れている。
一人でまともに歩けない状態なのか、足元も覚束ない。
酔っ払っているようにも見えるが、顔色からはそうは見えなかった。
その様子を見て、私はアーングレフ公爵が以前言っていた言葉を思い出す。
……前妻のジメンドレが遊びすぎて、もう壊れてしまった、でしたか。
言葉を交わしたとしても、幼児と話しているかのような有様だと、そう言っていた記憶がある。
アシュの実の父親は、子供が親にじゃれ着くようにラルヴァ男爵に話しかけた。
「ねぇ、ボク、お外で遊びたいよぉ。お日様の下でぇ、日向ぼっこしたいなぁ。そうするとぽっかぽかになってぇ、幸せな気持ちになれるんだぁ」
「そうだね、グルスドレーラー。だが、もう少し待っていてもらえないかな? 吾輩はこれから、大切な用事があるんだ」
「えぇ、嫌だ嫌だぁ! ボク、今すぐお外であーそーびーたーいっ!」
「……あなた、本当にその方をアシュの父親だと主張するおつもりですの?」
ラルヴァ男爵が連れてきたアシュの実の父親、グルスドレーラーを前に、私は一瞬言葉を失ってしまった。
アーングレフ公爵から事前に状態は聞いていたけれど、ここまでとは思っていなかった。
しかしラルヴァ男爵は、私の言葉なんて少しも気にしていないとばかりに、横行に頷いてる。
「もちろんですよ、セラ・ハーバリスト公爵夫人。実際、アシュバルム様は故人であらせられるジメンドレ・ハーバリスト公爵夫人とグルスドレーラー・ハーバリストの間に生まれた子。故ジメンドレ公爵夫人とグルスドレーラーの婚姻は王族も関係しておりますから、彼の顔を知っている人も多い。実際先程、王族の方からお墨付きを頂きましたよ。このグルスドレーラー・ハーバリストは、確かにジメンドレ・ハーバリストと結婚した、と」
その言葉に、私はすかさず反応する。
「つまり、王族の方々が認めたのは、グルスドレーラーさんがジメンドレ前婦人と結婚した事実のみ、ということですのね?」
私の言葉に、ラルヴァ男爵の眉が僅かに吊り上がる。
「おや? もしやグルスドレーラーがアシュバルム様の父親である事に疑いを持たれている、と? この髪が何よりの証拠だというのに?」
「……少なくとも、アシュを今まで育て、守ってきたのは、他の誰でもないユーリックブレヒトです。アシュの親権をグルスドレーラーさんに持たせるというお話でしたが、私にはその方が、とても子育て出来るような状況にあるとは思えませんわ」
「そこはご心配いりません。不詳、この吾輩が、グルスドレーラーのご支援をさせて頂く所存でございます。もちろん、グルスドレーラーの実子であるアシュバルム様を含めて、ね」
……そうやって、アシュを自分のものにしようとしているのですね。
ラルヴァ男爵がユーリックブレヒトにかけた容疑は、実際の所男爵がアシュに対してやろうとしている事だった。
王族の血を自分のものとし、成り上がる。
ラルヴァ男爵にとって、全てはその道具にしか見えていない。
アシュの実の父親だというグルスドレーラーに対しても、敬称を使っていないことから、敬意を払っていないことは明白だった。
……そんな人に、アシュは絶対に渡しませんわよ!
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