第47話

「なんですって!」

 私は思わず、叫んでいた。

 ラルヴァ男爵は、王族の血の虐待という罪状を掲げ、ユーリックブレヒトを糾弾しようとしているのだ。

 しかし、そんな内容は全て嘘だ。

 私はユーリックブレヒトがアシュのことをどれだけ大切にしているのか知っているし、どれだけ愛しているのかも知っている。その愛し方が、どれだけ不器用なのかさえも。

「ラルヴァ男爵がそう言ったとしても、他の貴族が信じるとは思えませんわ」

 そう言うと、スローは残念そうに口を開く。

「ハーバリスト公爵家に取り入りたかった貴族たちは中々突破口が出来ず、アシュくんに目をつけました。ところがユーリックブレヒトさんは、普段から社交界でアシュくんを他の貴族たちと頑なに関わらせないようにしてきましたよね?」

「……ユーリックブレヒトがアシュを守ろうとしていた行動が、アシュを独り占めしようとしていたとみなされる、という事ですの? そんなの、あんまりですわ! 彼はただ、自分の息子を守ろうと必死になっているだけですのに!」

「ですが、事情を知らない人達には関係ありません。それに、今までユーリックブレヒトさんに袖にされていた貴族たちは内心彼のことを快く思っていないでしょう。それにラルヴァ男爵がアシュくんを手に入れ、成り上がるのであれば、先にそちらに取り入って甘い汁をすすりたいと思う方々も出てきます」

「確かに、それはありそうですけれど」

 そう言いながら、私はスローを睨む。

「そこまでの情報を知っていたのでしたら、どうしてあのサーカスで隣同士になった時に教えてくださらなかったのです? あの時アシュが誘拐されるのだと知っていれば、あの子を一人になんてしませんでしたのに」

「……ごめんなさい。それを私が知ったのは、そのサーカスを出た後なんです」

 そう言って、スローは申し訳無さそうな表情を浮かべた。

 彼女の言葉の真偽はわからない。

 しかし、スローが私がアシュとユーリックブレヒトの想いに気づかせてくれたのは事実だった。

「まぁ、いいですわ。先程恩を忘れないと言ったのは、本心からですもの」

「ありがとうございます」

「……では、もう行きますわ」

 そう言って私は荷物を持ち、立ち上がる。

「アシュと、そしてユーリックブレヒトに危機が迫っているというのなら、ここにいつまでも留まっていられませんもの」

「では、道行くあなたに祈らせてください」

 そう言ってスローは、私にあるものを差し出した。

「これは、ペンダントですの?」

 見れば、十字が二つ組み合わさったような形をしている。

 見る側から見て左側が正十字、右側が逆さ十字の二つ十字だ。

 それは、グルクルトス教のシンボルだった。

 グルクルトス教は創始者であり宗主グルクルトスの教えを信奉する宗教で、この大陸の中で最大の教徒数を誇っている。

 ピクサーリーフ幸国が聖地とされており、ユーリックブレヒトがその国の関税の施策に携わっていたから、私にも多少の知識はあった。

 そのグルクルトス教のシンボルである二つ十字は、通常の教徒は金色や銀色の物を持ち歩いている。

 しかしグルクルトス教の中で、上位十八名の役職者たちは、個別に別々の色のシンボルを携帯することを許されていた。

 その十八名は、十八幸座と呼ばれている。いわば、現代に生きる聖人だ。

 そこまで思い出して、私は改めて、今スローから手渡された二つ十字に目を向ける。

 

 二つ十字の色は、白だった。

 

「白の二つ十字を持つことを許されているのは十八幸座の中で、確か第十二幸座の――」

「あなたの家族と、そして何よりあなた自身に祝福を」

 スローがそう言ったタイミングで、ボルンとグラルが帰ってくる。

 グラルは余程列車を見るのが楽しかったと見えて、ニッコニコで歩いていた。

 そんな彼と手を繋いでいるボルンが、こちらに向かって口を開く。

「スロー。そろそろ、列車が出発する時間だ」

「あら、もうそんな時間なの? おしゃべりに夢中で気づかなかったわ」

 スローが朗らかに、自分の旦那に笑いかける。

 その脇を通って、グラルが私のそばまでやってきた。

「ねぇ、お兄ぃちゃんのお母さん」

「どうしたの?」

「また今度会う時は、お兄ぃちゃんも一緒に会いたいなぁ!」

「……ええ、そうですわね。必ずまた、一緒にアシュと遊んでくださいな」

「うん! 約束だよぉ!」

 私はスローの家族に見送られ、駅のホームを駆け出していく。

 外に出てすぐに馬車を捕まえ、ハーバリスト公爵家へ向かうよう告げる。

 馬車で揺られている間、スローからもらったペンダントを握り、アシュとユーリックブレヒトの無事を祈り続けていた。

 

 屋敷に戻ると、出る時に比べて圧倒的に騒がしい。

 嫌な予感を振り切るように屋敷の中へ入ると、ソルヒとショルミーズが驚いたようにこちらへ振り向く。

「奥様! どーしたんですか?」

「今頃、列車に載っている時間だったのでは?」

「それより、この騒動は何事、いえ、今はアシュとユーリックブレヒトです。二人の居場所はわかりますの?」

「それが騒ぎの原因なんですよー、奥様」

「ラルヴァ男爵から、旦那様が告発を受けたんです。ボッチャンを不当に軟禁している。だから、実の父親がいる男爵の家で保護すべきだ、と」

「もちろん、私たちはそんなの嘘だってわかってるんですけどねー。流石に王族の血が関係していて、呼び出されたのが王族の城なら、私たちじゃどーしよーもない、ってゆーわけでさぁ」

「……一足遅かった、というわけですわね」

 だが、悩むのは後だ。早くしなければ、二人が危ない。

「では、私が城に向かいます。二人もついてきてくださいませ」

「ちょ、奥様! それはマズいんじゃないかなー」

「そうですよ! 旦那様との離婚が成立して、明日から正式に夫婦じゃなくなるんですよ? そんな人が城に向かっても、貴族社会の中枢であるあそこで話なんて聞いてもらえませんよ!」

 私を止める二人に、振り返る。

「あら? だとすると、余計に急がなくてはなりませんわ。だって私は、今日まで正式に公爵家婦人ということですもの。この肩書が使えるうちに、徹底的に使ってしまいませんと」

 そう言うと、二人は一瞬ぽかんとした表情を浮かべる。

 だがすぐに、ソルヒが腹を抱えて笑い始めた。

「なるほど、なるほどー。確かにそりゃ、一理ありますねー、奥様」

「いやいや、そんなのただの屁理屈じゃないか!」

「いーのいーの。屁理屈だろうがなんだろうが、理屈にゃ違いねーんだから。私は乗りますよー」

「……もぉ、しょうがないんだから。それじゃあ、馬車が回せないか見てきますね! ほら、ソルヒも手伝って!」

「えー? そーゆーのはお前の仕事だろ?」

「時間が無いんでしょ? 二人でやった方が速いよ」

「ったく、しょーがねーなぁ、もー」

 ソルヒが面倒くさそうに、頭をかく。

「まぁ、そーゆーわけなんで、いっちょ屋敷の前でお待ち頂けますかねー」

「ありがとう、助かるわ」

 そう言って私は、ソルヒとショルミーズに向かって頭を下げた。

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