第46話

 言葉が足りないにも程があるし、もはや口下手という次元ではない。

 だがそれでも、ユーリックブレヒトが正直に話してくれなかったのは、私が今そう思っているのが理由だと思える。

 ……危ないから自分だけ逃げろと言われても、私は素直に従わないでしょうし。

 これがアシュと一緒にというのならまた話は変わるが、そうなれば結局ラルヴァ男爵の陰謀に巻き込まれただろう。

 そう思っている私に向かって、スローが柔らかく笑いかけてくる。

「ごめんなさい、何も知らないのに適当なことを言ってしまって。所詮全部私の推測ですから。お気に触ったのでしたら謝りますわ」

「いえ、そんな。非常に貴重なご意見でしたわ。ありがとうございます」

 もしグラルに見つけてもらえず、スローと話していなければ、ユーリックブレヒトとアシュの考えに思い至らず、失意のまま故郷に帰るところだった。

「もう一言余計な事を言わせて頂くと、セラさんはもう少し旦那さんとアシュくんとお話されるのがいいと思いますよ」

「おっしゃる通りですわ」

 もう私としては、苦笑いを浮かべるしかない。

 気持ちとしては、すぐにでも屋敷に戻って二人を問いただしたい気持ちになっている。

 だが――

「何か、まだご心配ごとでも?」

「少し、実家同士の問題がありまして」

 そう言うが、話は実家という家の単位ではすまされない。

 私とユーリックブレヒトの離婚が承認されているのであれば、この国に私が留まり続けるのはマズい。

 クロッペンフーデ大王国とミルレンノーラ共和国という、国同士の関係にまで話が広がっている。

 私は確かにアシュの母親ではあるけれど、それと同時に父の娘でもあった。

 そんな私に、スローはまた別の問を私に向ける。

「セラさんのご両親は、どの様なお方だったのでしょうか?」

「私の、ですの?」

「ええ、そうです。セラさんのご両親は、あなたが苦しんでいる時、あなたの身を案じてくださる方だったのではないですか? なんとなく、アシュくんに接するセラさんを見ていると、そう思えるのですけれど」

 そう言われて、私は改めて考えてみる。

 私は父から、最初ユーリックブレヒトの元へ嫁げと言われて、反発した。しかし最終的に、国同士の事情を鑑みて私はそれを受け入れている。

 だが、もし本気で私が反対していたら、あの時父はどの様な選択をしたのだろうか?

 ……思えばお父様は、最後の最後まで、私の事を案じてくださっていましたわね。

 嫁ぐ前に交わした父との会話を、私は思い出す。

 

『いいか? セラ。失敗は、いいんだ。失敗するのは、仕方がない。誰にでもあることだ。だがその後、自分に非があるというのなら、きちんと謝りなさい。そうしなければ、後悔ばかりで、反省できないのだから』

『後悔できるのであれば、自分の行いを悔やめるのであれば、それで十分ではありませんの? それすらできない輩は、そこら中におりましてよ? それこそ、貴族連中とか』

『良くないから、今言っているのだ。後ろ向きにその場で悔やんだとしても、前進がない。一つも前に進めんのだ。だからお前は人の何倍も反り返って振り返り、省みなさい。セラは昔から頭の回転は速いが、その頭の中で全てを完結させてしまう、頭でっかちなきらいがあるからな。もっと、素直に生きなさい』

 

 今まさに、自分の中で自己完結してこの国から去ろうとしていた身としては、非常に耳が痛い内容だった。

 何度も振り返れと言われたのに、今もスローの力を借りてでしか自分の旦那と愛する息子の気持ちにすら気づけない。

 ……でも、構いませんわ。自分の間違いに気づいて、そこから前に進もうとしているんですもの。

 自分の気持は、もう固まった。

 素直に生きろと言われているし、遠慮なく素直に生きさせてもらおう。

 私がこの国に残ることで故郷に圧力がかかるかもしれないが、そもそも悪いのはアシュを危険に晒したラルヴァ男爵にオスコたちだ。アシュを危険に晒すのが問題だと言うのであれば、あいつらの方こそ断罪され、追放されるべきなのだ。

 王族たちに何か言われたら、そう喚き散らしてやろう。

 ……私は、決めましたわよ。私はアシュの母親で、そして、あなたが父親ですわ、ユーリックブレヒト。

 そう思う私の顔を見て、スローが大きく頷いた。

「覚悟は、決まったようですね」

「はい。ありがとうございます、スローさん。この御恩は一生忘れません」

「では、早くお屋敷にお戻りになって」

 その後、スローは衝撃的な発言をする。

 

「アシュくんと、そしてユーリックブレヒトさんが危ないわ」

 

 その言葉に、私は一瞬固まる。

 だが、告げられた内容から停止していられる猶予はなさそうだった。

「ど、どういう事ですの? アシュに、ユーリックブレヒトが危ない? いえ、それ以前に、どうしてそんな事をあなたが知って――」

「今は、それに全て答えている余裕はありません」

 スローは私に近づくと、他の人に聞こえないように耳打ちをした。

「ラルヴァ男爵が王族の血を手に入れて自分が成り上がるため、アシュくんをユーリックブレヒトさんから奪おうとしているのです」

 どういうわけだか、スローは王族と、そしてハーバリスト家でも一部の者しか知らないはずのアシュの血の秘密を知っている。

 どこで知ったのかはわからないが、それだけ極秘の情報を知れる立場にあるのなら、先日の誘拐騒ぎも知っているだろうと、私は口を開いた。

「……誘拐の件でしたら、先日失敗に終わりましたわよ?」

「いいえ、それはラルヴァ男爵が、ユーリックブレヒトさんの使用人たちを味方に引き入れるために仕掛けた、いわばおまけです」

 そう言われて、誘拐犯がオスコの指示で私を殺そうとしていた事を思い出した。

 あれは、私という邪魔者を排除するための行動が、オスコたちがラルヴァ男爵に内通するための条件だったためだろう。

 そう思いながら、私は口を開く。

「だとすると、あの誘拐騒ぎとは別で本命の策がラルヴァ男爵にはありますのね?」

「そうです。ラルヴァ男爵はアシュくんの実の父親を使い、彼の親権を主張しようとしているのです」

「……それでしたら、ユーリックブレヒトも想定しておりましたわよ」

 彼と同盟を結んだ夜、ラルヴァ男爵の企みについて、その想定を話し合っていた。

 あのユーリックブレヒトがそれを想定して、準備をしていないはずがない。

 そして、私なしで彼はアシュを守れると、そう思っているのだろう。

 しかし私の言葉を聞いたスローは、首を振る。

「確かに、ユーリックブレヒトさんも対策はしていました。ですがそれは、あくまでラルヴァ男爵がアシュくんの血の秘密を公表しない前提のもの。男爵はアシュくんが王族の血を引いている事を公表した上で、ユーリックブレヒトさんが公爵の地位を守るため、不当にアシュくんを軟禁しているとでっち上げるつもりなのです」

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