第23話
その後私たちはアーングレフ公爵を見送り、そして来賓客たちを帰した。
史上最低の結婚式はこうして幕を下ろし、使用人たちは後片付けに奔走。全ての片付けを終えた時には、辺りは既に夜の帳が下りている。
夜が更けてきた頃、私はまた、あのガーデンアーチを潜っていた。今度は寒くならないよう、上着を羽織って。
はたして花のアーチを抜けた先にいたのは、いつぞやのパーティー後のように、ワインのボトルを手に顔を赤らめているユーリックブレヒトの姿があった。
彼は胡乱げな眼差しで、こちらを一瞥する。
「何をしに来た? セラ」
「あら? 結婚式を挙げたばかりの妻に対して、酷い言い草じゃありませんこと。悲しくて、泣いてしまいそうですわ」
「ふん、心にもないことを」
そう言って酒をあおるユーリックブレヒトの隣のイスに、私も座る。
「なんとなく、あなたは今夜、ここに居るような気がしたんですの。だからこちらを覗いてみたと、そういうわけですわ」
「……俺を探して、なんの用だ?」
「決まっていますわ。今日の、アーングレフ公爵の話した内容。それについて、私の理解が正しいのか確かめようと思いまして」
私の言葉を、ユーリックブレヒトは鼻で笑う。
「確かめるも何も、あの時お前が聞いた通りだ。アシュバルムの産みの母親であるジメンドレは、王族の血を引いている。だからアシュバルムも王族の血を引いていて、そしてあの子の実の父親は、俺ではない。ああ、セラはそのことを、既にアシュバルムから聞いていたのだったな」
アシュが秘密を私に打ち明けていたということを知らなかったためか、ユーリックブレヒトは皮肉げに笑う。
もちろんその笑みが皮肉っているのは、彼自身なのだろう。
そんなユーリックブレヒトに対して、私は首をふる。
「それだけではありませんわ。それだと、色々とおかしいではありませんか」
「どこがだ?」
「私が嫁いでくる前の、この家の婚姻関係です」
そう言って私は、今日聞いたジメンドレ前婦人のことを思い出す。
「ユーリックブレヒトの前妻であるジメンドレが亡くなったのは、六年前。アシュも丁度六歳になりますわよね?」
「ジメンドレが亡くなった年齢とアシュバルムの年が同じであることを気にしているのか? それはアーングレフ公爵も言っていただろ。ジメンドレはアシュバルムを生んだ。そして、その後に死んだんだ。それが同じ年だった。それだけの話しだ」
「だから、そうではないと言っているではありませんか」
そう言って私は、なおも口を開く。
「ユーリックブレヒトは、アシュが生まれた後アーングレフ公爵と一緒に彼とお会いになったのですよね?」
「生まれていなければ、会うことなど不可能だからな」
「だとすると、あなたはいつ、ジメンドレ前婦人と結婚されたというのです? ユーリックブレヒト」
そうだ。私がおかしいと言っているのは、この点だ。
ユーリックブレヒトとアーングレフ公爵がアシュと六年前に初顔合わせをしていたということは――
「その時には、ジメンドレ前婦人はその前にアシュを身籠っていて、出産を終えている状態ですわよね? ジメンドレ前婦人にとっての、前夫の子供(アシュ)を」
やっぱり、どう考えてもおかしい。
子供を授かり、生まれてくるまで四十週程かかるという。
逆に言えば、四十週しかかからないとも言える。
……この四十週の間に、ジメンドレ前婦人の前夫は、喧嘩別れをしたとでもいうのかしら?
そして、残りの週、つまりアシュが生まれるまでの間に、ユーリックブレヒトとジメンドレ前婦人の縁談がまとまったとでもいうのだろうか?
しかし、仮にもジメンドレ前婦人は、王族の血筋を引く存在だ。
ジメンドレ前婦人が亡くなり、その後釜として王族からユーリックブレヒトの元へ嫁がされた私の時とは、状況が違いすぎる。
アシュの実の父親をジメンドレ前婦人へ宛がうにも、この国の王族の力が働いていたはずだ。
喧嘩ぐらいで簡単に別れられるとは思えない。
「聞けばアシュの実の父親は死んではいないようですし、まさか前夫の子を身籠ったままのジメンドレ前婦人とユーリックブレヒトは結婚したとでもいうのですか?」
私の疑問に、ユーリックブレヒトはこともなげにこう答えた。
「そのまさかだよ、セラ。そして付け加えるのであれば、俺がアシュバルムと出会ったのはジメンドレが息子を出産した翌日で、そして俺とジメンドレの結婚式の当日だった」
言われた言葉を理解できず、私はしばしば呆けたように口を開けていた。
その様子が面白かったのか、ユーリックブレヒトは声を上げて笑う。
「なんだ? そんなに驚くことだったのか?」
「そ、それは驚くに決まっているではありませんか! そんな話、聞いたこともありません! そんな、前の夫の子を身ごもりながら、他の男性との結婚を進めるだなんて……」
「それが、まかり通る血筋なんだ。セラは、どこまでこの国の政治体制について理解している?」
「え? そ、そうですわね……」
そう言われ、私は自分の頭の中の記憶から、言葉を紡いでいく。
「クロッペンフーデ大王国は、国王を元首とする国家なのですわよね。だから国のトップである国王がいて、それに王族が連なり、だからこそ貴族社会のこの国では血筋が重んじられると。以前ユーリックブレヒトにも言われたことですわ」
「そうだ。だが俺はあの時、こうも言ったな? 国内外から有能な血筋を取り入れるのも貪欲だ、と」
その言葉に、私は頷く。それを見て、ユーリックブレヒトは更に言葉を重ねた。
「有能な血筋を取り込むということは、有能な人材を国に集めたいということに他ならない。だからこそ、その動きは王族では顕著に行われてきた。では、ここで質問だが、そこから生まれる子供たちが、全員有能なものばかりが揃うとセラは思うか?」
「まさか! そんなわけありませんわ」
自分も含め、親の七光りのような存在は、私の国にもごまんといた。
そんな私の反応を見て、ユーリックブレヒトは小さく頷く。
「そうだ。この国の、王族でもそうだったんだ。しかし、血筋が重視されているこの国で、仮にも王族の血を引いている存在を、簡単に放逐なんぞできるわけがない。それがたとえ、どれほど無能であったとしてもな」
その言葉に、私はユーリックブレヒトが何を言わんとしているのか、悟る。
「つまり、こういうわけですの? 王族の血統ではあるものの、無能なものは貴族という肩書を、たとえば公爵辺りを渡して、穏便に王族から追放していった(貴族に格下げした)歴史がある、と」
「そうだ、セラ。なら、言わなくてもわかるだろ?」
「……ええ、なんとなく、見えてきましたわ。そのかつて追放された王族の血に連なっているのが、アーングレフ公爵であり、ジメンドレ前婦人だった、と」
私の言葉に、ユーリックブレヒトは苦笑いを浮かべる。
「アーングレフ公爵は、まだマシな方だ」
「あれで、ですの?」
「あれで、なんだよ、セラ。俺がこの家に来る前から、ジメンドレ公爵は王族の血を盾に、毎夜毎夜暴虐三昧の繰り返しだったようだ。この家の使用人に手を上げるのも日常茶飯事で、更に好色家だった。言葉を選ばずに言えば、かなりの男狂いだったよ」
そう言ってユーリックブレヒトは、手にしたボトルに口をつける。
「王族の力を使って、あいつは国外から夫という名の奴隷を連れてくるのに夢中だった。国内は、流石に国王直属の血統の眼が恐ろしかったんだろう。だが、その連れてこられた夫(奴隷)たちの数は、俺が知っているだけでゆうに十人を越えている」
「じゅうっ!」
思わず吹き出してしまうが、その王族の決定で私もハーバリスト家へと嫁ぐことになったという事実を鑑みるに、ユーリックブレヒトが口にした言葉は、全て事実なのだろう。
彼は忌々しげに口元を歪めながら、更にワインのボトルを傾ける。
「あいつは、本当に連れてきた男たちを、自分の欲望を叶える道具としか考えていなかった。覚えているか? セラ。俺がユーリックブレヒト公爵に、ジメンドレに顔だけで選ばれたと言われたのを。あれは、そういう意味だ」
「そ、んな……」
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