第十話 風来の鎌鼬 心月 その三

 “心月”のつむじ風は、鬼神の如く侍の屍を切り刻み、血の雨を降らしました。

 ドス黒い血しぶきが吹き止むと、“心月”がフラリと倒れました。


 「見事であったぞ!」


 “ご主人”は、“心月”を担ぎます。


 「村人は、無事なのだろうか…。この“呪い”の主、ゆるせぬな…。」


 「村はずれの…、神社へ…。村人は、そこに…。」


 “心月”が、かぼそい声で伝えてきました。


 小さな鳥居をくぐり、玉砂利の鳴る参道を歩き進むと、両脇の灯篭の影に忍ぶ人影…。

 “ご主人”が、そっと声をかけます。


 「俺が担いでいる者は、そなた等の村の為に戦った者だぞ。」


 「“鎌鼬の心月”か…?」


 「“心月”…、無事か…?」


 「案ずるな、疲れて寝ている。」


 村人達は、“心月”の事を知っているようで、皆が隠れ潜んでいた神殿へ案内してくれました。

 四、五十人は居たでしょうか、男衆は外で見張りに付き、社の中は女や子供や老人達がおりました。

 “心月”は、手厚く看病されております。

 あっし(私)等も、横たわる“心月”の側にチョコっと座りました。“団子”は、あっし(私)が噛んだ尻尾を抱きモジモジしております。 

 “ご主人”は、静かな寝息を立てる“心月”を見つめておりました。


 「寡黙じゃが、“烏天狗”様の命を受け、“霞の国”を守る“ものの傀”…。よく連れてきてくれなすった。」


 “長老”と思われる老人に、礼を言われました。


 「あの兵士達は、何故この村を襲ったのだ?」


 「奴らは、“中の国”の者…。おそらく、“龍神”様を探す為、“霞の国”を荒らし回っておるのじゃ…。」


 「“龍神”様? ここに祀られておるのか?」


 「“ご主人”。“龍神”様とは、十二ノ黄昏で、世界を破壊した“ものの傀”で御座います。」


 “長老”達は、あっし(私)の言葉にざわめき、穏やかではありますが反論してきました。


 「“龍神”様の力は、他の国のものには脅威かもしれぬ…。しかし遥か昔、誤った道に進んだ者達に戒めをもたらし、世界を創り変えてくださったのじゃ…。」


 〜“長老”の語り〜


 大地は、漆黒に染まり…。

 人々の心は、闇に包まれ…。

 黒い雨が、降り注いだ…。


 龍神様は、怒り狂い稲妻と共に世界を嵐に包み込んだ…。

 世界は、十二ノ夜と洪水に飲み込まれた…。


 〜〜〜


 「天井の絵を見よ…。その言い伝えを、書き記したものじゃ…。この村の神社は、“龍神”様の伝承を、後世に伝える為に建てられたのじゃ…。」


 「“中の国”の者達は、“龍神”様を探し、この村を襲ったのか…。ひで〜話だ。そんな力、何の為に…?」


 「世の中が、やっと平穏を取り戻した…。お上の考えることは、ジジイには分からぬ…。」


 「“烏天狗”様は、何か知っていないのか? “烏天狗”様は、どういった御方なのだ?」


 「“烏天狗”様は、この“霞の国”の自然の摂理を治める御方じゃ。わしらが会えるものではない。お侍さん、気持ちは嬉しいのじゃが、そなたに何か出来る事ではないぞ。」


 「“ご主人”。“ご長老”のおっしゃるとおり、“中の国”の者の行いは、“中の国”の者に聞かねば分からないと思います。」


 「確かに…。」


 「ほっほっほぉ~。お利口な犬じゃ〜。毛並みも良い、“中の国”の血統の“ものの傀”のようじゃのう。」


 むむっ!?


 「あっ…あっし(私)の育ちの良さがにじみ出てしまいましたね…。へっ…へへへ。」


 「屁理屈ばかりですけどね。」


 「ほっほっほぉ。」


 あっし(私)等は、戦いの疲れを癒やすため、村人と共に神社で一晩過ごしました。


 朝起きると、“心月”は姿を消しておりました。“中の国”の者の襲撃もなさそうなので、村人達も家々に引き上げ始めております。


 「相変わらず、愛想のないやつだ…。」


 出発の支度をしていると、“長老”とおつきの女性が、胡瓜を持って挨拶に来ました。


 「“心月”は、寡黙ゆえ。お侍さん、この先の沢を下り大きな川沿いを更に下ってゆけば、“中の国”の国境じゃ。と言っても十里(約40km)は、あるがの…。道中腹も空くだろう、村で採れた胡瓜を持っていきなされ。」


 「おお〜、これはかたじけない!」


 「一晩中、腹の音が鳴って、かなわんかったわい。ほっほっほぉ。川沿いは“河童”が出るゆえ、襲われた時は胡瓜を渡すとよい。」


 “ご主人”は、苦笑いで女性から胡瓜を受け取り、あっし(私)等は、村をあとにしました。


 「“団子”。お前の故郷から離れることになるけど、かまわないかい?」


 “ご主人”は、“団子”に優しく声をかけました。


 「“おやびん”達といれるなら、かまわねえだ〜。」


 あっし(私)等は、“長老”の話した道を進み沢を下って、“中の国”を目指します。


 しかし…、あっし(私)達は、まだしばらく、“霞の国”から出ることはありませんでした。



 いきはよいよい…

 かえりは…。


 旅人を霞に包み…迷わせる国…。


 “霞の国”

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