余談 彼岸の木霊。
深い深い森に飲み込まれていくように、細い山道が続いておりました。
『きゅるるる〜』
あぁ〜。まだまだ先は長いというに、“ご主人”の腹の音が鳴ってしまわれた…。
「“オ〜ハ〜ギ〜”、“霞の国”は〜、まだかの〜。」
「ここは既に、“霞の国”の領地ですよ。この先の峠を下った所に、関所のある村があるそうです。」
「“団子”よ…。村までは、どれ程かかるか知っているか…?」
「おらの足なら、一日くれ〜だ。」
『きゅるるる〜』
「“おやびん”、腹ペコか? おらが、食い物さ集めてくるだ〜。」
“団子”は、スタスタと険しい森の中へきえていきました。
こんな所に食べ物のなど、有るのでしょうか。行ってしまわれたいじょう待つしか仕方有りません、“ご主人”と休息を取ることとなりました。
“ご主人”は木の根元に寝転がり、あっし(私)はその横にチョコンっと座りました。
「なあ…。“オハギ”…。何でそなたは、いつも俺に背を向けて座るのだ…?」
むむっ。気にもしたことがありませんでしたが、“ご主人”は何故その様な問いかけをしたのでしょうか。
「分かりません。あっし(私)は、犬型ゆえ、犬の本能が組み込まれているのやもしれませぬね。」
「その割に、ジャレては来ぬな?」(ポイッ)
“ご主人”が、おもむろに木の枝を投げました。
「どうなされました。」
「いや…。飛びつきにいかぬのか?」
「あっし(私)は、犬ではございませぬ。」
「まぎらわしいの〜。」
枝を走って取りに行ったほうが良かったのでしょうか…。
『きゅるるる〜』
一言二言ボソボソ掛け合いをした後、“ご主人”は腹を鳴らし寝てしまわれた。
そもそも“ご主人”は、記憶喪失の割には雑多な知識があります。あっし(私)の様に、何かを隠しておるのでしょうか。いや、その割に、抜けたところが多すぎます。はたして“ご主人”は、何処から来たのでしょうか…。
「“おやび〜ん”」『ボフッ』
どこから飛んできたのでしょうか。突然“団子”が袋を抱えて、“ご主人”の顔の上に落ちてきました。
「むごっ…! “団子”か〜、早かったな~。」
“ご主人”は、顔に張り付いた“団子”を、引き剥がし抱き上げました。
すると、袋の中から、琵琶やキノコや山菜が、転がり落ちます。
「“団子”、凄いではないか!」
「んだ〜。こんなの朝飯前だ〜。夕飯前だども!」
まったく…、犬みたいに愛想の良い奴です。
“ご主人”は、焚き木を組み、細い枝を彼岸花の様に削り添えてゆき、こまかな枯れ葉をまぶしました。
『カチンっ カチンっ』
火打ち石から赤い火の粉が飛び散って、枯れ葉にポッポッと火が灯り、削った細い枝に火が燃え広がってゆきます。
それはまるで彼岸花が赤々と咲き誇り、やがて黒く枯れていく様に、燃え上がる命と儚さを見せつけられているようでした…。
とても手際の良い作業…。記憶を失う前は、何をなさっていたのでしょうか…。
気がつけば、すっかり暗くなっておりました。
『カチンっ、カチンっ』(ぽっ…ぽっぽっぽっ)
“ご主人”の火打ち石の音を真似て、何かが音を立てております。森の木々に小さく淡い灯りがポツポツつきました。
「“木霊”だ…。」
“団子”が、懐かしそうに眺めています。
「“木霊”?」
「おら達の音を真似する、“ものの傀”だ〜。」
『カチンっ』(ぽっ)『カチンっ』(ぽっ)『カチンっカチンっ』(ぽっぽっ)
森中に、音と灯りが広がってゆきます。
「なあ“団子”…。こいつらは、何で音を出して灯ッてるんだ?」
「しらね〜だ。考えたこともね〜。」
まったく…教養の無い狸です。
ここは、あっし(私)が説明いたしましょう。
〜“オハギ”の語り〜
“木霊”の出す音や灯りに意味があるなら、それは“木霊”にしか分かりません…。
十二ノ黄昏と言われる戦で、多くの“ものの傀”が朽ち果てました。
“木霊”は、そんな“ものの傀”の成れの果て…。
木々に溶け込み、やがて世界の大きな循環に溶けて消えてゆくのです。
〜〜〜
『すぴ〜。すぴ〜〜。』
気がつけば、“ご主人”は
“団子”の丸いシッポを枕に眠りこけております。
まったく…。
(ぽっ…。 ぽっ…。)
『カチンっ…。 カチンっ…。』
遥か彼方で、“木霊”の灯りがつき…、少し遅れて音が響いてきました…。
焚き木の火も、一風吹けば消えそうなほど小さくなっております。
着火の時に添えた彼岸花のように削った枝も、もう面影はなく黒い炭になっておりました。
“木霊”のざわめきも消え…、夜空には煌々と星が輝いています。
明日、目が覚めれば、“木霊”の事など忘れているのでしょう…。
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